2019年1月24日木曜日

1月24日

今日の訓読み言

7ー人と万物に感動し感謝する

目に次々に入ってくる人や自然や動物、当たり前のように存在するあらゆる物に、またその根源の神様に対して、『わぁ~すばらしいなぁ~ありがとう!」と感動と感謝の気持を大きく感じ取ってみよう!
i)身近にある自然(木、花、緑)をしみじみと見つめて『うわぁ~キレイだね~いつもそこにいてくれていたんだねいつもありがとう!』と語りかけてみよう  

ii)身近にいる動物(スズメ、ハト、犬、猫など)に向かって心のなかで『カワイイね~今日もおもいっきり遊ぶんだよ~ありがとう』と言ってみよう!            

iii)出会う人々に向かって心のなかで・・・ 
・年配の人に『今日も一日気をつけて、元気で、長生きしてくださいね~ありがとう!』と言ってみよう!           
・赤ちゃんや子供に『今日も楽しく元気に遊ぶんだよ。生まれてきてくれてありがとう!』と言ってみよう!

2019年1月20日日曜日

1月20日

   完成された人間の生活はどのような生活でしようか。 4つの言葉で表すことができるのでは ないでしょうか。 「許す」 「愛する」 「一っになる」 「感謝する】 このような生活ができれぱ良い ですね。 真理を学ぴ実践することによって神様の愛を感じる感性を磨き、 私たちの周りにある 無限の神様の愛を感じ取りながらさらに 「為に生きる」 ことを通して正常な生力要秦と聖霊要 素の授受作用を通して、 霊人体と肉身の共鳴園を完成する生活を目指しましよう。 

Tpのエピソード動画を見て私もそのような生き方を しているイメ—ジを持った瞑想をしてみま しよ う。 

1. 許す 
Tpのように全てを許している自分ってどんな感じがするだろう? 自分という観念がどんどん薄 なって、 全てを受け入れている自分ってどんな感じがするだろう? 

2,愛する 
Tpのように出会う人々に対し 喜んでもらいたいという気持ちで喜ぱせることを言ったり、物をあげたり、その人が助かることをして、出会う人たちに喜んでもらい、感謝されて、忙しくしている自分ってどんな感じがするだろうか?

3,一つになる
そうして、自然に皆と一つになっている感じがします。

4,感謝する
さらに、感謝の気持ちが溢れでいます。

2019年1月15日火曜日

1月15日

今日の訓読み言
このようなことを宣布することができるということは、摂理史において、偉大な飛躍だというのです。では、家庭教会で勝利すれば、皆さんは何になるのでしょうか。その時にはメシヤになるのです。メシヤ。宗族的メシヤになって、民族に対してもその民族を救うことのできる責任者になるのです。
 皆さんがどのように完成するのでしょうか。皆さんには父母がいて、息子がいて、万物がありますが、家庭教会はこのようなものを拡大したものです。アダムが堕落することによって、この三つを失ってしまいました。ですから、この三つを一度に取り戻して、神様の前に捧げなければなりません。失ったものを取り戻して真の父母を通じて神様の前に捧げようというのです。
 それで神様を経てこなければならないのです。失ったものを取り戻して、神様のものになってから父母から再び相続しなければなりません。そうしてこそ皆さんの家が生じ、皆さんの世界が生じるということを知らなければなりません。その土台がホーム・チャーチです。これは何かといえば、祭物です。これは一つの祭壇です。ここで三大祭物を捧げるのです。

2019年1月14日月曜日

1月14日

今日の訓読み言
神様も、真の愛に対しては絶対的に服従します。真の愛を中心としては、神様も生命を捧げようとされます。男性や女性も、真の愛があれば、なぜ命を捧げようとするのですか。愛が生命よりも先だからです。神様がなぜ存在し始めたのでしょうか。愛ゆえに存在し始め、愛する為に存在されるというのです。愛という概念がなかったならば、神様も生まれる必要がなかったというのです。 
 それ故に、神様からつくられた全てのものは、ペア・システムになっています。鉱物世界もペア・システムであり、レベルは低くても、陽イオンと陰イオンも愛を表示しながら絡み合っているのです。これは、レバレンド・ムーンがこの世に現れて、歴史上初めて発表したのです。神様御自身も真の愛を絶対視され、それに絶対服従しながら生きようと思われるその起源を発表したのは、レバレンド・ムーンが歴史上初めてです。それは、観念ではなく事実です。このように神様は、真の愛を求める為に創造されたのです。

2019年1月12日土曜日

1月12日

今日の訓読み言
孝子になろうとすれば、どのような立場に立たなければならないでしょうか。死の道、一番の受難の道に責任をもつことができる立場に立たなければなりません。孝子として行くべき道とは、何でしょうか。

 「父母である私を愛する以上に兄弟を愛し、お前が私のためにいるように、兄弟のためにいてほしい」。これが、孝子の行くべき道です。父母は、このように自らの願いを言うでしょう。(一九七二.九.一〇)
 孝子の中の本当の孝子とは、どのような人でしょうか。父母のために一生をすべて犠牲にし、七十歳、八十歳の高齢になるまで孝行を尽くした人と、若い青春時代に父母のために生命を捧げた孝子がいるとすれば、どちらをより孝子と言うことができるでしょうか。
 いくら七十、八十になるまで孝子の役割を果たしたとしても、青春時代に父母のために生命を捧げた孝子にはかないません。それゆえに、忠臣は、死んだのち、生命を捧げたのちに決定するのです。真の孝子も、生命を捧げる立場で決定するということを、私たちは歴史時代においてたくさん見て知っています。(一九七一.九.五)

2019年1月11日金曜日

1月11日

今日の訓読み言
   あらゆる努力を傾けても成就しないときに祈祷するのです。眠らず、食べなくても努力することができるのに、「神様、助けてください!」と言うことができますか? 神様は皆さんの僕ですか? それはサタンが讒訴するのです。先生は難しい問題が生じても祈祷しないのです。「お父様、心配しないでください! 私は堂々と、男らしく行きます。私は正義の血が沸き立つ男です。このように生涯を戦ってきたとおりに、最後まで行きます。私は自力で行きます! 私自ら蕩減復帰のために先頭に立たなければならないのではありませんか」と言うのであり、「神様、助けてください!」とは言いません。

 皆さんがそのような立場で祈祷するのを聞いてあげれば、歴史に恥ずかしい神様となるのです。剛直な性格と強靭な心をもった者だけが、天のための身代わりとなり、後継者となることができるのです。そのような自分自身となることができるかというのが問題です。(四二-一二四、一九七一・二・二八)