2014年8月31日日曜日

8月31日

おはようございます。今日は8月最終日です。一ヶ月ご苦労様です。新たな気持ちで9月をスタートしましょう。

天一国2年天歴8月7日
今日の訓読み言葉

     共に生きる生活の典型は家庭です。父母と子女は愛と尊敬で、夫婦は
相互信頼と愛を土台として、兄弟姉妹はお互いに信じて助け合いながら、
一つになって暮らす家族の姿が、正にモデル的理想家庭なのです。

     祖父母、父母、孫と孫娘を中心として、3代が一つの家庭で、永存される神様に侍って暮らす天一国家庭を探し立てることが、氏族的メシヤの責任であり、平和大使の使命であり、神様の願いであることを知らなければなりません。 王権の根も、ここに定着するのです。過去、現在、未来の根が、それぞれ祖父母、父母、孫と孫娘に代表され、過去の根は霊界を代表し、現在の根は現実世界を代表する王宮であり、未来の根は孫と孫娘を王子、王女として立て、二つの世界、すなわち霊界と肉界を代表する平和の宮殿を建てて暮らすのです。

2014年8月30日土曜日

8月30日

ナムステ
おはようございます。
前線もホームグループも
がんばってモデルを創りましょう。

天一国2年天歴8月6日
今日の訓読み言葉

「ホーム・チャーチというのは一体何て あろうか。先生か 世界的に勝利した、あらゆる氏 族、民族、国家的基準を統合して縮少した、世界を代表した縮少基盤て ある。それは世界の主 権を縮少した基盤て あり、世界の人種を縮少した基盤て あり、各民族を縮少した基盤て ある。 た から、ここにおいて勝利した場合には、カイン圏の家庭は かりて なく、民族、国家、世界に まて 通す るのて ある。故郷に帰っても、それは世界にまて 通す るアヘ ル圏に、勝利的な圏て あ るのて ある。た から、反対されす して、世界復帰まて 拡大することか て きるのて ある。た から、 何としても自然屈服しなけれは ならない。力て もって屈服するんて はないよ。・・・・・・誰て もか  三六〇軒を決めて活動することによって世界的な蕩減圏を授けられる。」(1978.9/2-10/2)

2014年8月29日金曜日

8月29日

ナマステー
おはようございます。
祝福は、真の父母と真の子女が出会い創造目的を成し遂げることを意味します。


天一国2年天歴8月5日
今日の訓読み言葉

 神様は二性性相としていらっしゃいます。これをプラスに分立させたのが男性のアダムであり、マイナスに分立させたのが女性のエバです。そしてアダムとエバを再び合わせた姿のようなものが子女です。このように神様を中心として一代、二代、三代が形成されるのです。
 では、この三代の中で問題が起こったのは何代かといえば、二代目のアダム、エバの代です。アダム、エバが神様の愛を中心として一つになれなかったのです。もし、アダムとエバが神様の愛を中心として一つになっていたならば、神様が臨むことのできる因縁が決定され、そのことによって子女にも、神様と関係を結ぶことのできる愛の基準が連結していたことでしょう。それを「祝福」と言うのです。

 統一教会で行う祝福結婚式は、ただ単に男女が出会って一家庭をつくる婚礼式ではありません。今までの結婚式は、自分を中心としたものでしたが、私たちの結婚式は、神様に喜びを返すような内容をもって歴史を蕩減する貴い条件として、神聖で盛大に挙行します。私たちの結婚式とは、アダムとエバの堕落によって始まった神様の恨を解き、イエス様が成し遂げられなかった新郎新婦の基準を通過することだ、ということを「原理」は明らかに説明しているのです。

2014年8月28日木曜日

828日

ナマステーーー
おはようございます。
この世で一番幸せな方があなたで有りますように。


天一国2年天歴8月4日
今日の訓読み言葉

     一切を父母と共に相関して、父母と共に決定し、父母と共に相談し、父母と共に解決しなければなりません。

 皆さんが鏡を見ながらこの目がどれほど父母様に会いたくて涙を流し、この口が父母様の解怨成就をどれほど叫び、この手がどれほど父母様の地で血を流して仕事をし、自分の体が砕けるほど父母様が願う土台の上で働いてきたでしょうか。「それができなかったのが恨です」と言える心を感じながらその道を求めていくのが幸福な道であり、その道で天と共に因縁を結ぶのが幸福な人です。そのような人は誰も支配することができません。その人を動かすことができるのは父母だけであり、その人を感動させられる人も父母だけであり、その人を幸福にできる人も父母だけです。

   そしてその父母を幸福にできる人はその息子以外にいません。父母の希望は父母にあるのではなく、息子にあるのです。

2014年8月27日水曜日

8月27日

おはようございます。
今日もあなたが行って嬉しいです。

天一国2年天歴8月3日
今日の訓読み言葉

     空いた籠は大きいのです。あなたたちの良心は大きいのです。女の心は男に負けないくらい大きいのです。心は大きいのですが、その大きな空き箱に何を入れますか?(愛です)・・・
(女は)神様が最後につくった傑作品です。万物の霊長として、神の愛の相対としてつくられているのです。(『訪韓修練会御言葉』p.24-25)

女性の皆さんにとって、これ以上の朗報はないのではないでしょうか。
実際、このみ言葉に続いて、文先生は、「自分も空き箱に生まれたら良かったのにと、いまだに何回も考える。女と男とを取り替えられるなら、すぐにも変わりたい」とまで言っておられます。男性から見て、女性の持つ性稟と特権は実に羨ましい限りなのです。

女性とはまさに、神様がこの上ない精誠を込めて最後に造った最高の傑作品なのです

女性の特権とは何でしょうか?「巨大な空き箱(良心の袋)を持って、神様までも包みこむことができる」
ということです。

それで、女性の性稟の本質を一言で言えば、「神様の愛を無限、無条件に受容する」ということではないかと、私は思います。

それなら、そのような女性たる妻は夫をどのように愛したらいいのでしょうか

①夫の愛を無限、無条件に受容する
②自ら主体的に愛するというより、夫の愛を受けて最高に美しい姿を見せる

夫を太陽に喩えるなら、妻は太陽の光を受けて輝く月です。太陽の姿は千年万年変わりませんが、月は毎日変わります。太陽からの角度により、ある時はほっそりと上品な三日月であり、ある時は豊満な満月となります。この、千変万化する美こそ、女性の特権ではないでしょうか。

月が自ら光を発して太陽を変えることはできません。
女性にも男性を変える主体的な愛がないというのではありませんし、男性よりも能力が劣ると言うわけでもありません。
ただ、そのような愛を主張したり、男性と伍して徒に張り合うよりも、月の美しさをもって太陽を魅了し、太陽からより多くの愛を受けるのが、月にとって、多くの場合、より賢明な方法ではないかと思うのです。

妻が昇華した数カ月後だったか、彼女の夢を見たことがあります。その時、頭上から垂れ幕のようなものが降りてきて、それに、「天地合徳」と書いてあったのを鮮明に記憶しています。

天は男性を象徴し、地は女性を象徴します。その男女(天地)が合わさって「徳」となる。この場合の「徳」は「天地の真理」とでもいうような意味だと解釈しました。

2014年8月26日火曜日

8月26日

おはようございます。
「​
赦せ、愛せ、一つになれ」
天一国2年天歴8月2日
今日の訓読み言葉

人々は波を恐れます。波は風に乗って波打ちますが、風が吹いて波が立ってこそ、海の中に酸素が供給されるのです。風が吹かずに波のない静かな海が続けば、海は死んでしまいます。波が大切だということを知れば、もはや波は恐ろしくないのです。強風が吹いて波が荒々しくても、それが海の中の魚を生かす道だということを知れば、かえってそれを海の魅力として受け入れるようになります。

 海の下に30メートルだけ潜っていけば波は存在しません。潜水艦に乗って海の下に潜っていけば、エアコンが必要ないほど涼しいのです。適度な温度の静かな海の中では、あらゆる魚が群れをなし、踊るようにして泳ぎ回っています。まるでリトルエンジェルスのように色とりどりの美しい服を着て、ひらひらとヒレを揺らします。そのように静かで平和な世界がすぐに訪れるでしょう。

 黒潮について考えてみましょう。海流は偏西風と貿易風によって引き起こされますが、潮流は太陽と月、特に月の引力によって上下運動として起こされます。黒潮は北赤道海流の一部で、14500キロメートルになる世界最長の海流であり、北太平洋の西岸境界線として北方を流れ、黒潮続流は西太平洋に暖流を戻します。太平洋を巡る海流の力は、巨大だという表現では不足です。黒潮が巡っていく力によって海全体が動くので、もし黒潮がなければ、海の水が循環せず、すべて死んでしまいます。いくら大きくて悠々とした川でも、結局は海に流れていくのと同じように、いくら大きくて勇壮な海も、黒潮の力強い水の流れに従って動くのです。

2014年8月25日月曜日

8月25日

おはようございます。
祝福は永遠の宝物です。子孫万代を今から出発するという一つの契約です。ですから、それを汚す時には一族が関係します。イエス様を十字架につけることによって、一国家が関連することになったように、一族に連結されます。

天一国2年天歴8月1日
今日の訓読み言葉

    人間は本性的に、自分に対する相対の愛が分散することを願いません。夫婦間の横的な愛の関係は、親子間の縦的な愛の関係と違って、分散すれば既にその完全性が破壊されます。それは、夫婦間に絶対的な愛の一体を成すようになっている創造原理のゆえです。人には自分の相対に絶対に尽くし、「ため」に生きなければならない愛の責任性があります。

ある男性は、自分の妻がいてもきれいな女性を見ると、「自分の妻だったらいい」と思います。このように二つの心をもった男性を指して、「泥棒根性をもった者」と言います。二つの心から始まったのがサタンなので、二つの心をもった男性を指して、「サタンだ」と言っても間違いではありません。そのような人がいれば、サタンと変わりありません。

2014年8月24日日曜日

8月24日

おはようございます。
愛をなすためには雄と雌がいなければならない、このようになるのです。動物では雄と雌ですが、植物では何ですか雄しべ雌しべです。

天一国2年天歴7月29日
今日の訓読み言葉

 天国は、侍る生活をしたことを誇るところです。それならその天国とは、どのような者が行くところでしょうか。主を信じて福を受けるために、福を先立てていく者が行くところではありません。天国は、侍るために心情的に準備する生活をした者たちが行くところです。準備する期間に死ぬとしても、侍る生活を残して喜んでいくことのできる者が行くところです。そこに復活があるのです。
            *
 今は三合(神様、真の父母、皆さん)が一致しなければなりません。歩調を合わせなければならないということです。生死の決定的内容がかかっているので、三者が一致する点で一つにならなければなりません。その点に生命の復活圏があります。その点が、真の父母と皆さんが一つになって一致できる連結点です。そこで一心統一が起こるのです。ですから皆さんは、み旨と一致した生活をしなければなりません。

2014年8月23日土曜日

8月23日

おや心の中で、いかに神と近づくかがすべてである。

天一国2年天歴7月28日
今日の訓読み言葉

 人のために与え、また与えるのは、再創造する上で、神様が創造時に御自身を消耗させた立場と一致します。私を投入するということは、第二の私をつくるためのもので、神様が創造する時、御自身を投入されたのと同じです。再創造の歴史は蕩減復帰路程であり、蕩減は再創造の歴史を通じてするので、御自身を投入するところにおいてのみ再創造が展開されます。ですから犠牲になるのは不可避だというのが理論的な結論です。
            *
 愛は、自分を一○○パーセント投入することです。神様が天地を創造する時、愛ゆえにすべて一○○パーセント投入したのです。ですから真の愛は、「ため」に生きるところから始まるのです。
            *
投入し、投入し、また投入するところから真の愛の論理が始まるのです。「ため」に生きるところは滅びません。小さいところから大きいところに、そして大きいのがその次にはどこへ行くのかといえば、中に回るのです。

2014年8月22日金曜日

8月22日

おはようございます。
 祈祷は、自分を対象の立場に立て、その対象に対する主体を立てるためにするのです。

天一国2年天歴7月27日
今日の訓読み言葉

    歴史全体が何で帰結されるのかといえば、物質と子女と父母、さらに家庭を基準として帰結されるのです。これが宇宙の根本です。父母がいなくては子女が生まれることができません。父母から生まれた子女が父母を中心として万物を主管しなければなりません。これがすべて一遍に作用されるのです。

 結局、神様が六千年の間復帰摂理をされたのは、何を捜し出すためだったのでしょうか。一つの国を捜し出す前に、あるいは民族と教会を捜し出す前に、何を捜し出さなければならないのでしょうか。家庭です。つまり、ご自分の相対を捜し出し、家庭を捜し出すことでした。一つの国が形成されるためには、家庭がなくてはならないのです。ゆえに、全体の根本が何かといえば家庭です。

 人類の祖先であるアダムの家庭が破壊されたので、これを復帰しなければなりません。イエス様は堕落しなかったアダムとして来られなければなりません。ですから、イエス様は第二のアダムとして来られた方です。人類の最初の祖先であるアダムは堕落した祖先となったので、神様は本然のみ旨を立てるために、堕落していない真の祖先としてイエス様を送られたのです。そういう真の祖先を中心に、アダム家庭を捜し出さなければなりません。聖書を見れば、人類始祖が堕落したとなっています。

2014年8月21日木曜日

8月21日

おはようございます。
人間は愛で生まれたので、愛の道を行き、死ぬ時も愛のために死ななければなりません。

天一国2年天歴7月26日
今日の訓読み言葉

 神様とサタンだけが知っている内容ですが、これをすべて発表するので
霊界で反対が起こるのです。それで、四十日間霊界の混乱時代が来ます。サタンが神様を否定する条件を立てて反対するので…。そこで霊界の半分が別れて反対しました。ですから混乱が起こるのです。最後に至っては神様が「どれが真なのか」ということで判決しなければなりません。それで、真の父母が霊界を完全に屈服させて、神様の印を受けて地上に降りてくるのです。
  天下を統一するためには霊界を統一しなければなりません。霊界の先祖から「文総裁は異端者だ、反逆者だ!」と言われます。のちには神様までも
「そうだ。捨ててしまいなさい」と言うのです。蕩減原則がそうです。アダムとエバが神様を否定したので、神様もアダムとエバを条件的に否定しなければならないのです。否定する立場から肯定し、私の神様として取り戻さなければなりませんし、私の天国として取り戻し、神様の印を受けなければなりません。そうして神様がここに共に立って讒訴してから、あとではすべて……。
  先生の性格は、一度始めれば最後を見届けるまでやめません。死ぬ前には後退をしないのです。この「原理」がどうだということを私がはっきりよく
知っていて、自信満々なので、食ってかかるのです。イエスだとか孔子とか、
何を知っていますか。彼らは「ああ、私が学んだのはこのようなものでしたが……」と言うのです。彼らは自分たちが教えた教理にはないと否定的事実を
質問するのです。また、「そうではない!」と言うのです。

2014年8月20日水曜日

8月20日

おはようございます。
​​

死や霊界について正確に知って、
永遠の世界への準備を正しく行うことができるならば、人は悔いのない人生を歩むことができるでしょう。
天一国2年天歴7月25日
今日の訓読み言葉

   神様が今日まで罪多き人類を尋ねてこられるときには、
神様の本性を基準として、人間に少しでも似た部分があれば、その部分を多くの悪性よりも大きく評価し、それにすがって訪ねてこられたのです。それが父母の心です。

 皆さんは今日、民族的な使命と世界的な使命をもって、
父母の心情へと進んでいかなければならない立場に立っています。皆さんが民族を見つめるとき、その民族は失った父母を探し出すために、泣き叫ぶ孤児のような立場に立っているということを知らなくてはなりません。一つの国を見るときにも、父母を失った国として、世界を見るときにも、父母を失った世界として見ることのできる心情をもたなければなりません。そうして皆さんは、天との因縁を再び結ぼうとする心で、新しい根拠地に向けて立ち上がることのできる基準を準備しなければなりません。イエス様も、それを実現するためにこの地に来られたのです。

 それで私たち統一教会でも父母の心情で僕の体を用い、
血と汗と涙で復帰の使命を完結しようというのです。統一教会が超えるべき試練がありますが、それは世界のどんな主義や思想も超えられない峠であり、民主世界やどんな体制も超えることのできない峠です。らが行けない道を私たちが行き、彼らができない仕事を私たちがしなければならないのです。

 そのためには、
今日皆さんがこの場でとどまっていてはなりません皆さんが立っている場は安息の根拠地ではありません。福地へ行く過程です。私たちには個人的に、家庭的に、氏族的に、民族的に、国家的に、さらには世界的に行かなければならない運命が残っているのです。

2014年8月19日火曜日

8月19日

おはようございます。
 統一教会では神と霊界の存在をはっきりと認め、人生の目的は人が神のみ言に従って生きることによって愛を完成することであり、死後においても霊界で永遠に生きるようになると考えています。天と地に染み込

天一国2年天歴7月24日
今日の訓読み言葉

「私は死にそうです、神様、助けてください」という祈祷をすることのできない真の父母の立場に立たねばならない悲痛な事情を、誰が知っているでしょうか。知る人は誰一人いません。唯一神様だけが、神様だけが……。いくら統一教会に従う人が多かったとしても、レバレンド・ムーンの思想に一つとなっていません。このようなことを皆さんは知らなければなりません。統一家というものは、今日、解放圏に立った統一家というものは安っぽいものではありません。祝福を受けたという者たちが動くその挙動が今日、悪魔のいとこの立場に立っているということを私は知っています。
            *
 「私の闘いがまだ足らなくて、私が涙を流す資格が足らないと感じ、私が悲しめばお父様が涙されることを案じながら、私が打たれて耐え難い悲痛な立場に立てば、天が悲惨な立場に立つのではないかと案じる私の悲痛さは何でもありません。私の悲しみは何でもなく、私の悲しみは何でもありません」と歯を食いしばって私が涙をこぼせば、天が涙をこぼすのではないかと案じ、泣き叫んで怨讐に報いる途上に立ち、先鋒(せんぽう)将として勝利の旗を掲げて勇み立つ勇士がいるとするならば、その勇士の前に神様は百倍謝礼するのです。「お前の名を忠臣としようか、お前の名を孝子としようか、お前の名を烈女としようか。地上の歴史上にたとえ貴い者がいたとしても、お前ほど貴い者はいないであろう」と神様御自身が頭を下げて謝礼するのです。

2014年8月18日月曜日

8月18日

おはようございます。
今日も皆さんの家庭に笑のはなが咲きますように。

天一国2年天歴7月23日
今日の訓読み言葉

     時間が余りにも短いのです。一生においてこれを直し、満たすためには時間がないのです。先生の生涯がそうなのです。ですから世俗的に見れば先生の生涯はかわいそうなものです。神様に「先生はどんなお方ですか」と聞いてみてください。先生は痛哭するしかない痛みを感じながら、心臓をえぐり出すような痛みをもって身もだえするような悲痛さを体恤しています。先生は地上では悲惨な男です。そのような苦労を誰も知りません。皆、自分が立派な人だと偉そうに威張っているだけで、先生の苦労を知りません。お母様も知りません。
            *
 神様が六千年間苦労して残された功績をすべて失い、興南収容所へ行った先生の悲痛な事情を皆さんは知りません。故郷を離れることが問題ではありません。妻子が問題ではありません。天と地の未来の希望として解放の民族が、私を歓迎しようとしていたその群れが、雲の中の地獄へと消えていく、暗黒世界に去っていくのを見て、痛哭しながら再び会おうと叫んだのがきのうのようです。「お前たちは消えていったが、私は再び私の行くべき道を歩み、光明の朝日を抱いてお前たちを再び探し出して解放しよう」と宣言したのがきのうのようです。手錠をかけられ叫んだその声を忘れることはありませんでした。困難なとき、いつも祈祷したその姿を忘れることができません。

2014年8月17日日曜日

8月17日

おはようございます。
宗教の目的は真理を明らかにし、

人がその真理に従って生きることによって、より幸福な人生、さらには死後においても幸福な生活を送れるようにすることです。
天一国2年天歴7月22日
今日の訓読み言葉
     神に一致することができる、神のみ旨に一致することができる、
神のみ旨を 中心としては過程的み旨ではなく、完成的み旨の中心の核と一致することがで きるそれとは何でしょうか。それが神様の全知全能なのでしょうか。全能性を もってしても駄目なのです。全権でしょうか。違うというのです。それでは遍 在する素性でしょうか。それも違います。それは何でなければならないのでし ょうか。神様自身も生きて生活するのは、もちろん霊界があって時空の関係を 超越したところで生きていくのです。生きていくには何を中心として生きてい くのでしょうか。無限な力がある、遍在する、全権的権限がある、それではあ りません。神様も愛を中心として生きていく、このように見るのです。生きて いくには始まりもそうで、過程もそうで、永遠にそうなのです。神様も真なる 愛の対象をもつようになれば喜ぶからです。

神様は絶対的であり、全知全能なので、愛をひたすら与え与えて、
また分け 与えても限りなく補充することができる愛の倉庫をもっています。それでは、 神様の倉庫から愛を多く盗んで、夜も昼も限りなく愛を取って分け与え分け与 えるとき、神様が「やあ、こいつ! 盗人、愛どろぼう!」と言って処罰する でしょうか。全知全能な神様なので、「そのようにしろ、してもいい。いくらで もやってみろ。お前が永遠にやってみろ。お前が入ってきても余る。それで私 が神様だ。だから私が主体だ!」と、神様がそのように言われるのです。「私が 主体なので、客体に与えても残ってこそ主体だ。お前たち客体である人間に与 えても余ってこそ主体としての神様であって、そうでなければ神様になれない。 私がそうなのだ!」と言われるのです。「私から愛を盗んで神様の愛の発電所の
ように限りなく与えたいならば、いくらでも補給してあげよう」。
それで「これ が全部なくなれば私はまたもっていきたいのですが、神様の愛のパイプに私を 連結したらどうでしょうか」と言う時、「そうしたければしなさい」と言うので す。

2014年8月16日土曜日

8月16日

おはようございます。
    真の愛はどのような愛であり、真の家庭とはどのような家庭をいうのでしょうか。

天一国2年天歴7月21日
今日の訓読み言葉

     愛のために死ななければならないという結論が出てきます。その愛とはどんな愛でしょうか。大宇宙が歓迎することができる愛です。小宇宙ではないというのです。神様が公認し、天使世界が公認し、万物が公認し、すべての人が公認し、私たちの父母が公認することができる大宇宙の中で生まれ、その中で生きて、その中で愛し、その中で死んでいくことが、人生の目的だと見るのです。

 愛は自分が良いときは父母、兄弟、親戚を訪ねて、一緒に楽しもうとします。良いことは幸福なことなのです。幸福は永遠なものであり、永遠なものは心情です。宇宙の中心は何でしょうか。それは父母と子供だというのです。すなわち父母と私です。神様と私だというのです。神様はお父さん、私は息子……。人生の究極的な目的は、父を訪ね、切ることのできない関係を結んで喜びを感じることです。

 家計の帳簿を整理するときにも、収入がいくらで支出がいくらかを正確に決算します。このように帳簿を整理するときにも、収支計算を徹底してやるのに、皆さんの人生はどうですか。一生の間生きたことを収支決算してみましたか。赤字ですか、黒字ですか。赤字ならば地をたたいて痛哭しなければなりません。