2018年9月30日日曜日

9月30日

今日の訓読み言

本当に100パーセント感謝するとき、
心と体が統一されます。そして、皆さんの周辺が幸せになります。
皆さんが、天の下さった祝福に感謝する心をもって生活すれば、周辺をさらに幸せにすることができ、祝福を家庭と社会と国と世界に広げていけるだろうと思います。歴史始まって以来、一度しか来られない天地人真の父母様と共に活動した皆さんは、幸福な人です。
(真の父母經 13.4.3:3、真のお母様、2012.11.24,清心平和ワールドセンター)
◉笑顔で感謝、勝利!勝利!勝利!    
◎涙の祈祷こそ、 信仰生活を続ける最大の力になる。 お互いが激励、賛美、励まし、
支持などを積極的にする。
◎いつも感謝感謝感謝する生活をする

2018年9月28日金曜日

9月28日

今日の訓読み言
     私たちは、孝子になり、忠臣、烈女にならなければなりません。しかし、孝
子は、困難の中から生まれるのです。忠臣も同じように、その国が平安な立場 では出てきません。(忠臣は)国と国民が泰平で安らかなところから現れるもの ではありません。国の事情が最後の峠にぶつかり、全体が死ぬか生きるかという逆境の場で、 自分の生命を懸け、すべての精誠を尽くして国運を変え、国難を解いてあげる 責任を果たした大であってこそ、「その国の忠臣である」と言うことができます。 困難な時に「忠」という言葉、困難な時に「孝」という言葉、困難な時に「烈」 という言葉が歴史に記録されるのです。
(참父母經 13.4.4:11、151-245、1962.12.15)

2018年9月26日水曜日

9月26日

今日の訓読み言
皆さんはどのように、天の父母様と天地人真の父母様に、感謝と頌栄を捧げ るのですか。皆さんを天一国の先祖の位置に立ててくださろうとする大いなる み旨があることを、皆さんは知っていますか。真の父母様がこの地に来て生命 のみ言を宣布され、天一国を開いてくださったことを、この国はもちろん、全 世界の人々がみな知ることができるように証すべき責任が、皆さんにあります。
皆さんは、天の父母様と天地人真の父母様のみ前に、地上天国と天上天国を 必ず開いてさしあげようと誓わなければなりません。その道に向かって全力投 球、死生決断、中断のない前進をすることだけが、今の時代を生きている私た ちの使命であり、責任です。(참父母經 13.4.4:24,真のお母様,2013.05.05,清心平和ワールドセンター)

2018年9月25日火曜日

9月25日

今日の訓読み言


   真の父母様のみ前では、無条件にみな孝子、孝女にならなければなりません。
そして、兄弟たちが真の愛によって一つにならなければなりません。父母は、 優れた子女よりは、足りない子女に対して、より心配をするようになります。 子女たちを育ててみれば、みなそのような心情が分かるでしょう。それと同じ ように、困難な状況にある兄弟たちに対して、さらにために生きる心で愛する ようになれば、私たちの基盤はもっと大きくなるでしょう。
私たちには、真の父母を中心とした、真の家庭の固い絆があります。皆さん が、み旨を中心として、環境を広く、深く、高く創造するに従い、私たちの基 盤は、より一層、大きくなるでしょう。私たちの目標は一つです。天の父母様 と天地人真の父母様を中心とした一つの世界、統一世界をつくることです。
(참父母經 13.4.3:19、真のお母様、2013.10.01,天正宮博物館)

2018年9月24日月曜日

9月24日

今日の訓読み言
   皆さんはこの時点、この瞬間が、どれほど貴いかを知らなければなりません。
ヨシュアとカレブは、どちらも名門の家の子孫でした。年を取るまで、天のみ 前に忠義を尽くしたのです。カレブの立場からすれば、不足しているものは何 もなかったにもかかわらず、ヨシュアと一つになったというのです。「自分のほ うが優れている」とは言わず、ヨシュアを立てたというのです。カイン・アベ ルが復帰されたこのような基台を立てた上で、イスラエル民族を通してメシヤ が来ることができたのです。
私(お母様)は、私たちの指導者たちを見ながら、このような面に思いをは せています。互いに愛し合い、誇りに思う文化が定着していません。私たちは、 互いに大事にし、愛し合う気持ちが、世の中のどの団体よりも強くなければな りません。真の父母の子女なので、違わなければならないのです。今からでも、 皆さんを通して、私が環境創造をしたいと思います。
高くなろうとばかりするのではなく、互いにために生き、育て合い、誇り合 うようになれば、全体が大きくなれるのです。自分だけが優れていると考え、 自分が最高であると考えて、自分の考え以外にはないと思う団体や個人は、発 展しません。自己中心的に進めば衰退していき、ために生きる生活を実践すれ ば発展するようになります。絶対に、自分によって苦しむ人がいてはいけませ ん。私たちは、生命を生かす人々です。兄弟と食口とすべての人々を、愛で抱
かなければなりません。
(참父母經 13.4.3:11、真のお母様、2013.09.23,天正宮博物館)

2018年9月21日金曜日

9月21日

今日の訓読み言
一体となった生活をしなければならない 
すべての宗教では見るものをむやみに見ないで、聞くものをむやみに聞かないで、言うことや対するのをむやみにするなと言います。見るのも、聞くのも、言うのも、感じるのも、愛するのも、すべてが神様を中心としてしなければならないのであって、自分を中心としてしてはいけないということです。
 皆さんは神様に侍る者として、うれしい時に神様をどれほど喜ばせましたか。皆さんがおなかがすいた時に御飯を食べながら感じる有り難み以上に、神様に侍ってさしあげましたか。皆さんはいいものを食べる時や着る時、そして悲しい時や大変な時にも、いつも神様に侍らなければなりません。そうすることによって、神様の心に覚えられる理由を残さなければなりません。

2018年9月20日木曜日

9月20日

今日の訓読み言

 皆さんが残さなければならないことは、天から真の愛、真の父母から真の愛を受け継ぐと同時に、真の血統を受け継がなければなりません。これが誇りです。これが変われば、天国に行くことができないのです。行けません。結婚というものは、それ自体が父母様の愛を受け継ぐことです。皆さんは、堕落したために真の血統をもつことができなかったのです。真の血統は、祝福によってのみ可能です。堕落した世界の根は、堕落した父母です。それで、真の父母を中心として新しく接ぎ木をし、新しい真の血統を受け継がなければなりません。そのような位置が統一教会の祝福の位置だということを知らなければなりません。


2018年9月19日水曜日

9月19日

今日の訓読み言
 この地上の復帰摂理に対してこられた神様の前で、「神様の真の孝子」と命名できるようにするためには、また息子や忠臣として認めることができるようにするためには、どのような人でなければならないでしょうか。アメリカで一番裕福な人でしょうか。飛行機に乗ってビラをまいて回りながら、「さあ、イエス様を信じなさい!」と言う、このような人々でしょうか。飛行機に乗ってビラをさーっとまいて、「信じるならば信じ、信じないならば信じないようにしなさい」と言う、そのような人々でしょうか。

2018年9月18日火曜日

9月18日

今日の訓読み言
 問題の出発点は、神様がいるかいないかということなのです。神様がいらっしゃるならば、人間とどのような関係にあるのですか。神様が人間と関係を結ぶためには、人格的神でなければなりません。人格的な神だということをはっきり悟ったのです。人格的神になろうとすれば人間のようでなければなりません。人間には心があって体があるように、このような素性があるので、人間を造られた神様も、人間と共に共同目的をもつことができるその本体ならば、人間に似ていなければなりません。二性性相という概念は、ここから出てくるのです。

2018年9月17日月曜日

9月17日

今日の訓読み言
氏族的メシヤを派遣しなければ、大変なことになります。その氏族の生まれる道がふさがってしまいます。氏族的メシヤになることによって、平面的にアダムが堕落せずに完成し、イエス様が死なずに完成し、国家的基準で国家と国家がすべて連結されるのです。そのようになれば、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様の八段階まで、すべてその完成の基盤は、この地上の平面、水平線です。
これを蕩減したので、個人の家に行こうと、氏族の家に行こうと、国家に行こうと、どこに行こうと、サタンが反対できない自由の活動舞台となり、神様を中心として生活する出発がなされることによって、地上に天国ができるのです。そのような時代が来たので、「家庭盟誓」が出てきたのです。「家庭盟誓」のとおりにならなければなりません。

2018年9月16日日曜日

9月16日

今日の訓読み言



家庭において、男性でも女性でも兄弟でも、全ての人が願う事は、孝子、孝女にならなければならないという事です。それは、愛を中心として一つの体にならなければならないという事です。 
 家庭を一つにする為には、孝子が必要です。国も同じです。国の父と母である国王と王妃、そしてその国王の息子、娘を中心として、相対的世界の夫婦と兄弟同士が上下、左右、前後で合わなければなりません。前後がなければ、父母と子供は関係を結ぶ事ができません。ですから、上下、左右、前後です。 
 兄弟が絶対的に必要です。結婚は、兄弟から連結されていくのです。(一九九七.八.一三)

2018年9月15日土曜日

9月15日

今日の訓読み言
 誰も手をつけられないことに統一教会は着手して、再創造の道へと導いてきたのです。これができる日には世界が一つになるのであり、悪のサタン世界を天の国へと転換させることができるのです。今日米国が、若者たちが自ら相対を得られるようにしてきたのはおかしなことです。キリスト教文化圏なのに、聖書が認めないことをやっているのです。これは物質文明と共にサタンに侵食され、サタン側的な自由主義によって、そのようになったと見るのです。
 ところが皆さんは、なぜそのようにしませんか。サタンがやってきたことを、私たちはすることができません。愛とは何でしょうか。神様から、父母から受け継いだ結婚をするのが原則であるにもかかわらず、神様と関係のない自由結婚を唱えたことが堕落なので、これを根本的に根絶しなければ、天の国に戻ることができません。

2018年9月14日金曜日

9月14日

今日の訓読み言
 不平を言ってはいけません。不満を抱いてはいけません。自分を考えてはいけません。神様を思いながら「私が不平を言えば神様がどんなに痛いだろうか。その方の事情を私が知り、その方の伝統を相続することのできる一瞬が私の前に訪れたらそれを引き継いで、その方についていきながらその方を慰労しようという心をもつのです。そうしながら涙を流すその場に天が共におられるのです。間違いありません。神様のために泣き、御父母様のために泣かなければなりません。これが統一教会の祭壇であり、統一教会の侍る生活だということを皆さんは知らなければなりません。

2018年9月13日木曜日

9月13日

今日の訓読み言

 人に絶対的に必要なものは、孝子の道理、忠臣の道理、聖人の道理、聖子の道理です。堕落したので、聖人が必要です。聖子の道理を完成するのです。
 それゆえに、神様のすべての相対圏は、私から、天、世界、そして私たちの家庭まで連結することができるのです。それは、生きている間に成し遂げなければならない道です。完成する道です。国についていえば、国王は、父と母の骨です。そこに接ぎ木して大きくなろうというのです。私が家庭をもたなければ、国の前に立つことはできません。また家庭も、国がなければ、サタンの国の前に破綻するのです。(一九九七.四.二一)

2018年9月12日水曜日

9月12日

今日の訓読み言
 礼拝の時間に早く来た分は、神様のために捧げた時間となりますから、千金、万金を出しても買うことのできない価値があります。礼拝の時間は神様に捧げる時間であるために、その時間に遅れることは神様から盗みをすることと同じです。礼拝には決められた時間に来なければなりません。そうすることによって、それだけ神様の前に面目を立てることができます。そうなれば、きのうよりも良い心をもって天の前に近づくことができますが、遅れて来て、祈祷するときも目をパチクリさせながら、「先生はきょうどんなみ言を語られるか」と座っている姿を見ると、惨めで仕方がありません。

2018年9月11日火曜日

9月11日

今日の訓読み言
 人に絶対的に必要なものは、孝子の道理、忠臣の道理、聖人の道理、聖子の道理です。堕落したので、聖人が必要です。聖子の道理を完成するのです。
 それ故に、神様の全ての相対圏は、私から、天、世界、そして私達の家庭まで連結する事が出来るのです。それは、生きている間に成し遂げなければならない道です。完成する道です。国についていえば、国王は、父と母の骨です。そこに接ぎ木して大きくなろうというのです。私が家庭をもたなければ、国の前に立つ事はできません。また家庭も、国がなければ、サタンの国の前に破綻するのです。(一九九七.四.二一)

2018年9月10日月曜日

9月10日

今日の訓読み言
私たちが住みたいところは天の国、天国で暮らしたいというのが合っています。天の国に境界線がありますか。ありません。天の国で使う言葉は二つですか。違います。人種の差がありますか。ありません。それでは天の国とは何なのでしょうか。人はみな神様の懐から生まれたので、人類はみな兄弟です。神様を中心として見れば神様の息子、娘なので、すべてが兄弟であり、地上天国を中心として見れば民となります。地上天国の国民だというのです。民だというのです。

2018年9月9日日曜日

9月9日

今日の訓読み言
 今日、私たちが生きているこの世界に真の父母を迎えましたが、この地には、真の父母の息子、娘だけが生きているのではなく、堕落した父母の息子、娘も生きています。本来は、真の父母の血肉を通して、神様の愛する息子、娘になるはずだったのですが、堕落により、堕落した息子、娘になったので、私たち人類始祖が誤ったことを、すべて解怨成就してあげるために再び来られる父母が再臨主であり、救世主だというのです。ですから、その方が来られて、先に生まれた長子を復帰しなければなりません。その長子が庶子のようになりました。血筋が変わりました。庶子と同じです。本然的愛では、神様の血統を受けたのですが、堕落することによって、他の血筋を受け継ぎました。だからといって神様が捨てることはできません。

2018年9月8日土曜日

9月8日

今日の訓読み言
 宇宙の根本である神様がいらっしゃるなら、その神様は、主体と対象的な観念をもった存在だというイメージが出てきます。それゆえに、私たち統一教会の「原理」でいう二性性相は偉大な言葉だという結論に到達するのです。主体と対象が作用し始めるところから存続が展開するのです。生まれ始めるというのです。このような根本のもとでなされているので、すべての宇宙は二重的です。二重的になって、授け受ける相互作用をするのです。

2018年9月7日金曜日

9月7日

今日の訓読み言
 あなたと私は、心と体が一つになった同じ位置、それはすなわち夫婦一心、父子一心という位置です。一心は、一つは上にあり、もう一つは下にあるという状況では成立できません。父親が上にいて、息子、娘が下にいれば、一心になることはできないのです。お互いが同等な立場で平面的に位置していてこそ一心になるのです。内的外的関係が平面線上の位置に立ってこそ一心になるというのです。夫婦も同様です。

2018年9月6日木曜日

9月6日

今日の訓読み言
 実績のない人は、神様には必要ありません。愛を中心とした実績がなければなりません。それゆえに皆さんも、三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭の一族を従えてこそ、天国に入っていくことができるのです。それをなすことができなければ、入籍することができません。原理がそのようになっているのでしょう?。
そうですか、そうではありませんか。「三十六家庭だ」と言って威信を誇りますが、先生が三十六家庭を立てたのは、ただ立てたのだと思いますか。恐ろしい位置なのです。サタンも、誰かをもってこの前で攻撃させるかもしれません。

2018年9月5日水曜日

9月5日

今日の訓読み言
   
 宇宙の根本の動機は、何を中心として動くのでしょうか。男性を中心として動くのではありません。女性を中心として動くのではありません。神様御自身を中心として動くのでもありません。神様が動くことができる動機は何かというと、愛です。
 それゆえに、愛は、始まりであり終わりだというのです。コリント人への第一の手紙第十三章を見れば、信仰と希望と愛はいつまでもあるが、このうちで一番は愛だ、といいました。それは、なぜそのようにいったのでしょうか。それを解くことができなかったのです。

2018年9月4日火曜日

9月4日

今日の訓読み言
 真の家庭は、真の男性と真の女性が一つになって夫婦として出発するのです。息子、娘を生んだのちに真の家庭が出てくるのです。心と体が完全に一つになった男性と女性が永遠の愛を中心として一つになったところから、分かれる事のない子供が出てくるようになるのです。父と母が分かれたところから、感情的に分かれた子供が出てくるのです。

 心と体が一つになり、真の愛を中心として一つになった夫婦から、心と体が一つになった子供が出発するというのは自動的な結論です。そうでなければ、家庭に真の愛がとどまる事ができません。神様は、真の愛がない所に臨在なさる事はできないのです。これは論理的な結論です。

2018年9月3日月曜日

9月3日

今日の訓読み言
 神様のために忠誠を尽くすことにおいては、一歩も譲歩できないという信念をもたなければならないというのです。どのような人、どのような忠臣、誰よりも私がより一歩、わずかでも先んじなければなりません。地上で生きていった霊人たち、地上で一生懸命に仕事をしていった霊人たち以上に、その人々が国のために忠誠を尽くして、すべての公的な仕事に一生懸命に働いたそれ以上に実践しなければならないというのです。わずかでも多くしなければなりません。鉄則がそうなのです。(1978.11.26)

笑顔で感謝、勝利!勝利!勝利!        

2018年9月2日日曜日

9月2日

今日の訓読み言
 皆さんが先生をどれほど愛さなければならないのでしょうか。根本問題に帰るのです。サタン世界の愛の痕跡がある、その愛が染みついた立場で愛してはいけません。それ以上でなければなりません。皆さんがサタン世界で生まれたお母さん、お父さん、妻子、その誰よりももっと愛さなければなりません。それで聖書に「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者はわたしにふさわしくない」(マタイ一〇・三七)とあるのです。そのような結論を下したのです。
 そう言いながらあとでは「自分の十字架を負うて、わたしに従ってきなさい」(同一六・二四)と言いました。十字架を背負わなければならないと言いました。反対に引いていく力を押さえて越えようとすると、十字架です。ここで悲痛な涙を流さなければなりません。

2018年9月1日土曜日

9月1日

今日の訓読み言
 皆さんは涙の谷間で父を呼ぶ時、応答を受けることのできる息子、娘にならなければなりません。涙を流す場で「お父様!」と言う時、「おお、私がここにいるから耐えなさい」と、血と汗を流す苦痛が染みる場で「お父様よ」と言う時、「私が忍耐したのだからお前も耐えなさい」と、死が迫りくるその瞬間にも、「私がいるから安心しなさい」という言葉を聞くことのできる皆さんにならなければなりません。そのような場でどれほど父に侍り、どれほど父と共に相談し、どれほど父と共に生きたのかということが問題になるのであって、栄光の場では父をいくら呼んでも問題にならないというのです。なぜならばまだお父様が栄光の日を迎えておられないからです。