2014年2月7日金曜日

2月7日

おはようございます。

最近は、子女教育についての様々な本が出ています。その多くは、「親が変わらないといけない」とか、「親が問題」などと書かれています。

そういった内容を読むと、親としてはなかなかつらいものがありますね。しかし、わが子に関することですから、「子供のためならば」と思って決意するわけです。さて、では親はどのように変わったらよいのでしょうか。

み旨にも言える内容でしょう。

天一国2年天歴1月8日

今日のみ言

【世界の指導者の前進大会

「意味のあるところには必ず道がある」という確信を持っていきましょう。文鮮明総裁の強い意志で創始された勝共運動のために、日本は救われました。

「世界平和は家庭から」という強力なメッセージを奉じて日本は再生の道を歩み始めました

朝鮮半島の統一なく、アジアと世界の平和はありえないので、これのために、日本が担うべき役割を模索しながら、これを実行に移したいと思います。

何よりも韓国と日本が結束しないと希望の道は決して開かないことです。各自が自分の国を担当ながらも、アジアと世界を眺める広い視野を持って、韓半島の統一と東北アジアの平和実現のために前進していきましょう。

ありがとうございます。

2014年2月6日木曜日

2月6日


おはうございます。
今日は今日はより天に近く感じられますように。
神様の時刻表にに合わせて行きましょう。

今日の日があなたに最高の日になりますように。


天一国2年天歴1 月7日

今、真の父母様の最大の関心事は伝道です。

どんな場でも統一原理を伝えます。それがイエス様の伝道であり、真の父母様の伝道です!
(ラスベガスでの真のお母様のみ言葉:2014/1/18)

ラスベガスのピース・パレス(教会を紹介する博物館)の建設を請け負う建設会社の関係者および設計者と、お母様がお会いになりました。向こうから聞きたいことがあったようですが、その前にパレス建設の主人である方のビジョンを理解しなさいと言って、お母様自らが1時間もかけて原理を教えられました。

帰り際には、昨年の韓国での大会のメインスピーチの入ったDVDを全員に渡しました。ほとんどの人は持ち帰ったまま見向きもしなかった中で、一人だけ関心を持ってすぐに見た女性がいました。

その女性は、その後、統一原理を学びたいと言って、教会にやってきました。
米国の元協会長を務めた立派な講師が講義を担当しました。

その講義を聞くと目が開かれ、一つの大きな疑問が解かれたのです。

「なぜ、神様はアダムとエバの堕落を止められなかったのか」という疑問です。

今この人は、ご主人も導いて、基元節の祝福を受ける準備をしていると言います。

こうしてお母様は、自ら2人の霊の子女を立てられたわけです。「ですから、どれ程忙しくても皆さんは言い訳することができません」

昨日参加した教育部長会議でも、本部の伝道部長が自らの証をされました。
会議、講義、講演で忙しく全国を飛び回っています。

ある方の証
先日、飛行機に乗った時、隣り合わせた50代の女性と自然に会話が始まりました。韓国語に少し興味があるようだったので、その話題を工夫しました。

「お風呂を韓国語で何と言うか、ご存じですか? ノボセヨ、というんです」

これは冗談です。しかし、そんなふうに話しながら、会話が弾みました。

色々話していると、最後には、「ところで、あなたはどんな仕事をなさっているんですか?」と聞かれます。正体不明の、不思議な中年男性ですから、当然の質問です。
その時、答える答えは一つしかありません。

「私は、統一教会の伝道部長です!」

そう言って、いつも鞄に潜ませている自叙伝文庫版(ビニールでラッピングしています)と自作の著者紹介文を渡します。

お互いにメールアドレスを交換できました。
その後、何度か女性からメールが届いたそうです。
そして、次にまた近くに行った時、再会することができたというのです。

伝道部長は、20年来の伝道ノートも披露してくれました。氏族や知人など、これはと思う人たちの名前とコンタクトの経緯が細かく記録されています。

「どれほど忙しくても、言い訳はできません。伝道は、いつでも、どこでも出来ます」


2014年2月5日水曜日

2月5日


おはようございます。
基元節まで後7日です。

様々な精誠をもって迎えましょう。
精誠を尽くした分さらに成長します。


天一国2年天歴1月6日
今日のみ言

(日本宣教出発の状況)
 -崔奉春(チェ・ボンチュン)がクッパップ一杯を全て食べるまで、私は彼の前で見守り座っていました。

彼を抱いて、わあわあと声に出して泣きたかったのですが、そうすることができませんでした。日本警察に打たれて満身創痍になって帰ってきた彼が、やっとご飯がのどに通る姿を見守る心は地獄でした。

それは、もしかしたら彼がこの世の中で最後に味わう温かい食事かも知れないことでした。彼を再び日本に送らなければならなかったからです。(「命を懸けても行く道は行く」)

世界情勢から見ても神様の摂理から見ても日本宣教が急務だと感じられた文先生は、その計画を準備した上で、崔奉春氏を甲寺に呼びました。

そして、「お前は今すぐ玄界灘を渡らなければならない。死ぬ前には帰ってくることができない」と、出し抜けに厳命を下したのです。

崔氏はたった一言「はい」と返事をしただけで、
「どのように宣教を始めるか、日本でどう生活するか」などということは一切聞きもしませんでした。
しかし、宣教は過酷な道でした。

当時、日本と韓国には正式な国交もなかったのです。
その日本への宣教は、「密航」を意味していました。

崔宣教師は命を懸けて密航船に乗りましたが、日本に着くやいなや、すぐに逮捕され、即座に送還されました。

崔宣教師は、元来、豪胆な男です。その彼が、送還されてお父様の前に現れた時、恐ろしさにたじろぎ、今にも涙がこぼれそうな目をしていました。

酷い拷問で腫れ上がった額には、紫の血のあざがまだらに残っていました。髪の毛が一握り抜かれて、頭皮が白くさらけ出ていました。

お父様はその彼の頭をそっと撫でるだけで、人間的な慰めの言葉を一言もかけず、ただ、作りたてのクッパを彼の前に置きました。

崔宣教師は、空腹であるにもかかわらず、すぐにスプーンを持つことができませんでした。み言葉を伝えることもできないまま帰ってきた宣教師は、身の置きどころもなかったのでしょう。

宣教師を送り出すために、お父様は150万ウォンを借金して準備されました。
食口たちは血を売りました。文字通り「血の代価」でした。

クッパップを食べ終わると、お父様は崔宣教師を連れて甲寺の裏手に上がりました。文先生の口からどんな言葉が出るか。宣教師は恐ろしさに震えました。

「今夜また麗水(Yea Su)に行って船に乗りなさい。お前が10回日本の警察に捕まったとしても、与えられた道は行くしかない。1日でも虚しく浪費することはできない」すると、崔宣教師はその場に座り込んで泣き始めました。

「先生、どうしてそのようにされるのですか? 私は行けません。恐ろしくて二度と行けないのです」
ここから、2人の間に激しい押し問答が繰り返されました。

「絶対に行けません」
「行かなければならない。早く行きなさい」

容赦なく宣教師を急き立てながら、文先生の心は死にそうでした。宣教師の胸の内も、周辺の状況も、文先生には痛いほど分かっていました。
しかし、天の時は人間が勝手に押したり引いたりできないことを、あまりにもよく知っておられたのです。

日本への宣教は生死をかけた3年の刻苦の挙句、3回目の密航で初めて一点を突破しました。
その結果、東京早稲田の地に初めてみ言葉の種が蒔かれ、今日の日本統一教会の礎が築かれたのです。

教区長の説教を聞きながら、この話は、私たちにとって自分の生命の最も深いルーツを教えてくれる、極めて貴重な歴史の真相だと感じました。

韓国の食口たちが血を売って工面した宣教費。

そして何より、お父様ご自身が牢獄の苦難を経て、霊肉の痛みを背負いながら、甲寺で食事もせず、ひたすら宣教師の成功を祈り続けられた精誠。

甲寺に居留しておられた間、毎朝早朝に寺の裏山に登って祈る文先生の姿を見ていた僧侶がいます。
「毎朝、あのように一人静かに山に登って祈るあの青年は、一体誰なのか? 何を祈っているのか?」


その姿があまりにも深く脳裏に焼きつき、数十年後、その青年を訪ねて清平まで来られたと聞きました。

「私の今の命は、何に由来しているのか? 私が賜った祝福の価値はどれほどの大きさなのか? 私はどのように生きるべきか?」

実はその種の要素をそのまま実体化しなければならない。そのことを、深く考えさせられたみ言葉でした。

2014年2月4日火曜日

2月4日


 おはようございます。

今週がどれ程大事であるかを確認して、それぞれが決意して出発しました。

基元節を開くまで、真の御父母様のご苦労と精誠がどれだけ大きかったでしょうか?



天一国2年天歴1月5日
今日のみ言




苦難を避けていく者とならずに向かえていく者が神の道を行く者である。

□勝利者の気持ちは闘ったことのない人は感ずることができない。

 信仰の本質は神様に感謝することです。それは具体的に何かと言えば、物質だけではなく、生活とか時間とか、全ての面において十分の一を神様にお捧げすること、それが神様に感謝する生活の出発なのです。

 いよいよ基元節一周年まで、8日残っています、焦る心情でいっぱいです。私がこのままの姿で天国人になることができるでしょうか。

神様と共に基元節を迎えるためには根本的に変わらなければいけません。大事なことは「常に神様に感謝する」ことです。その代表的な思想が、聖書にあるように、また、お父様のみ言にあるように、十一条なのです。日曜礼拝を捧げることも十一条です。

    一週間の初めの一日を神様に捧げるのです。日曜日は自分の日ではなく、神様の日として礼拝し、伝道して、神様に捧げる一日なのです。

十一条献金は自分が得た収入の十分の一を捧げることによって、全てを神様に捧げたことになるので、それを条件として神様はその家庭にたくさんの祝福の恩恵を与えてくださるのです。それが十一条の奇跡です。信仰の出発であり、バロメーターでありますので心がけましょう。

2014年2月3日月曜日

2月3日


おはようございます。
今日は人生の中最高の日にしましょう。

♪『2020年までに与えられた「創造主、天の父母様に似た真の愛を実践する天一国の真の主人になろう」という標語を朝と夜に振り返りながら、大きな実績を作っていく、我々となっていかなければならない』


天一国2年天歴1月4日

今日のみ言

□我々は絶対者の代わりに、真の父母の代わりに、真の主人の代わりに責任をもち、勝利の勇士とならなければならない。

□神様の絶対的真の愛の主流属性は、絶対、唯一、不変、永遠のものなので、誰でもこの真の愛を率先して実践するとき、神様と同居して共に楽しむことができ、同参権、相続権までも享受するようになるのです。

 このように、天国に入る絶対必要条件である「ために生きる人生」、すなわち真の愛の人生とは、すべての創造の平和理想的モデルとなる、
様を中心として平和に暮らす新しい理想家庭の人生です。人類は今、誰もが真の家庭を探し立てることのできる道が大きく開かれました

 皆様、「共にために生きる人生」の典型は家庭です。父母と子女は真の愛と尊敬で、夫婦は相互信頼と真の愛を土台として、兄弟姉妹はお互いに信じて助け合いながら、一つになって暮らす家庭が、正にモデル的理想家庭なのです。

真の愛の根に、真の愛の幹が生じて、真の愛の実を結ばせる、真の家庭を取り戻さなければならないという意味です。

2014年2月2日日曜日

2月2日


おはようございます。
雨が春を早めるような感じです。

みなさんの朝はいかがでしょうか?
希望、夢、もう少し、もっと一所懸命があれば……

 真の父母様の命と肉を食えられ、そして血と汗と涙の結晶体として一番貴い天の福なる者たちである我々!氏族メシヤ、祝福家庭……

紀元節1周年の恩恵と祝福の日、一番願われている勝利の実績なくて真のお母様の前に行くことができません 必ず勝利者の心情と栄光の姿で迎えましょう。

心の苦しみと恥ずかしさを持ったままでは…

天一国2年天歴1月3日
今日のみ言

□神を迎え入れて涙しなさい。自分のためには、絶対に涙を流すな。

□悲惨な事情があったら他人のことと思うな。そして嬉しいことがあっても自分だけのものと思うな。


人間は堕落した。堕落したためにどういう結果を来たしたかというと、我々は天の父を失ってしまった。天の父を失うと同時に、我々は「真の父母」を失ってしまったという結果になりました。

それと共に、父母がいなくなったから真の家庭もなく、真の氏族、或いは民族、国家、世界がなくなってしまった。

   堕落の結果によって、こういう結果になりました。もし我々先祖たちが堕落しなくて神の言う言葉を守り、その御心にかなう立場に立っておったならば、我々人間としては神の願う実体となって、神の御理想を地上に得ると共に、その理想郷を動かし得る神の心情を我々は当然神から授からなければならない、我々は得なければならないという立場に立つべきであった。

 堕落の結果において、天の父を失ったために、あらゆるその要件を失なったんだけれども、それよりも重大な問題は、神に立ち得るその実体が、永遠の理想に立って幸福な生活をし得る心情的持ち主となるべき者が切れてしまった。

我々個人においてはそういう結果になりました。それは何故そうなったかというと、神と人間ばかりでそうなったかというと、そうではない。そこにある中間的存在が現われてきたためにそうなった。それが何かというと、サタンと言ったんですね。三角関係においてその結果を生み出したということを思う時に、この堕落した人間はいずれ堕落しなかったその世界を取り戻さなければならない。もとの所に帰らなければならない人間になっておる。

神と会うための三条件

 神と如何なる所で会うべきや。神と会う所は如何なる所かということを思うときに、神と会おうとする者には真理がなければならない。神が願うところの目的に間違いなく導きうる真理がなければならない。

真理だけあったんではいけない、真理に立ち得る、真理と一体化した実体がなければならない。基台がなければならない。だから御言を通して完成したその人を神は要求する。


神と本当に会う所には神が願うところの心情がなければならない。だから真理と実体と心情の問題、この三つの条件に従って神と我々は会うことができる。

2014年2月1日土曜日

2月1日


おはようございます。

天一国2年がスタートできました。新たな決意と、勇気、信念をもって進めていきます。参加して行きましょう。

基元節までの精誠はそのまま進めていきます。

天一国2年1月2日

今日のみ言


□神と一つになりみ旨と一つになってこそ、第二の主体となる。
□思いもしないところに因縁が結ばれるということはあり得ない。


□自分という存在は決まっている。だから、来年もっと大きいことをしようとするには、自分自体に100の力しかないならば、100以上の力をどこから補給するかというんだね。

それは祈りの道しかない。だから、だんだんと大きい計画をすればする程、それに比例して深刻な祈りの境地に入るようになれば絶対ふくらんでくる、神は必ず共にいる。まあ、そういうようにして、内的に、心に、いつも刺激を与える、やらなきゃならない、自分がやらなきゃ誰かがやらなきゃならない、と。こういう毎日の刺激の道を、いかに大きく開いていくかということは重大な問題である。

 ときたま、こういう時もあるんだよ。祈りをしても、ある時は一週間も、祈ろうとしても祈れない事があるんだよ。あるいは一ヶ月、あるいは半年以上もそういう時があるよ。

必ず、そういうような長い期間に自分ながらもみあうような時があるんだよ。その期間も悪くないというんだよ。そういう期間が長ければ長い程、神の恵みも必ず大きくたずねてくる。神の恵みは我々人間にたどってくるんだよ。