2014年8月16日土曜日

8月16日

おはようございます。
    真の愛はどのような愛であり、真の家庭とはどのような家庭をいうのでしょうか。

天一国2年天歴7月21日
今日の訓読み言葉

     愛のために死ななければならないという結論が出てきます。その愛とはどんな愛でしょうか。大宇宙が歓迎することができる愛です。小宇宙ではないというのです。神様が公認し、天使世界が公認し、万物が公認し、すべての人が公認し、私たちの父母が公認することができる大宇宙の中で生まれ、その中で生きて、その中で愛し、その中で死んでいくことが、人生の目的だと見るのです。

 愛は自分が良いときは父母、兄弟、親戚を訪ねて、一緒に楽しもうとします。良いことは幸福なことなのです。幸福は永遠なものであり、永遠なものは心情です。宇宙の中心は何でしょうか。それは父母と子供だというのです。すなわち父母と私です。神様と私だというのです。神様はお父さん、私は息子……。人生の究極的な目的は、父を訪ね、切ることのできない関係を結んで喜びを感じることです。

 家計の帳簿を整理するときにも、収入がいくらで支出がいくらかを正確に決算します。このように帳簿を整理するときにも、収支計算を徹底してやるのに、皆さんの人生はどうですか。一生の間生きたことを収支決算してみましたか。赤字ですか、黒字ですか。赤字ならば地をたたいて痛哭しなければなりません。

2014年8月15日金曜日

8月15日

おはようございます。


天一国2年天歴7月20日
今日の訓読み言葉

家庭というのは、人類愛を学び教える学校です。父母の温かい愛を受けて育った子供は、外に出ていけば、家で学んだとおりに、困っている人を愛の心で助けるでしょう。また、兄弟姉妹の間で情け深い愛を分かち合って育った子供は、社会に出て隣人と厚い情を分かち合って生きていくでしょう。愛で養育された人は、世の中のどんな人でも家族のように思うものです。自分の家族のように思って人に仕え、人に自分のものを分けてあげる愛の心は、真の家庭から始まります。

 家庭が大切なのは、もう一つ理由があります。家庭は世界に拡大するからです。真の家庭は、真の社会、真の国家、真の世界の始まりであり、平和世界、神の国の出発点です。父母は、息子・娘のために骨が溶けてなくなるほど働きます。しかし、単純に自分の子供にばかり食べさせようと働くのではありません。あふれるほど愛を受けた人は、人のために、神様のために働くことができます。

 家庭は、あふれるほど愛を与え、また与える所です。家庭は、家族を包む囲いであって、愛を閉じ込める所ではありません。かえって家庭の愛は、外にあふれ出て、絶えず流れていかなければなりません。いくら愛があふれ出ても、家庭の愛は渇くことがありません。神様から受けたものだからです。神様から与えられた愛は、いくら掘り出しても底が見えない愛、いや掘れば掘るほどもっと澄んだ泉があふれ出てくる、そのような愛です。その愛を受けて育った人は、誰でも真の人生を生きることができるのです。

2014年8月14日木曜日

8月14日

おはようございます。
家族といい時間過ごせるようにしましょう。

天一国2年天歴7月19日
今日の訓読み言葉📚

神様はたくさんの能力をもっていらっしゃいますが、もつれたものをそのごとくに解いていかれる立場におられるのです。しかし、それを解くにおいては、神様が解くことはできないのです。人間が解かなければなりません。人間が解かなければ神様のみ旨が成されません。それゆえ、神様のみ旨が成されない立場では、愛する人をも身代わりに蕩減の祭物にして、それを延長させる作戦をしていくのが神様の摂理の延長なのです。

 では、神様が見たいと思う人は真なる男性ですが、神様が本当に真なる男性に一度出会ったことがあるでしょうか。出会えなかったのです。新郎になろうと身もだえして死んでいったイエス様に出会っただけです。

 皆さん、無条件に信じてはならないのです。イエス様が兄さんになりたい気持ち、兄さんの愛をもってはいましたが、神様が喜ばれる立場で愛することができなかったのです。イエス様には妹がいたはずです。けれども、愛することができなかったのです。弟妹たちを愛することができなかったのです。愛したかったけれど、愛を与えることができないうえに、受けることのできる弟妹になれなかったというのです。

2014年8月13日水曜日

8月13日

おはようございます。
私達はお互いに教えられ、励まされ、訓練されたこの出会いに感謝し、次の段階に行きましょう。

天一国2年天歴7月18日
今日のみ言葉

天の心情を敬い慕い、天の理念を待ち焦がれ、天の復帰の園を見つめる真の心をもったという人の中には、神様をたたえながら栄光の立場、楽しむことができる立場で喜びを体得するために努力する人は多いかもしれませんが、小さな草木から昆虫に至るまで、さらには全体に及んでいる天の父の内的心情の絆を想起(そうき)しながら喜ぶことができる人は少ないのです。御自身の精力をすべて傾けて、ある昆虫を造ったというとき、その方が傾(かたむ)けた以上の精力をもって愛そうという人が現れ、心の底からその昆虫を愛してくれるならば、その昆虫を造った方にとってそれ以上の満足はないでしょう。

 では、二千年前、イエス様は神様の前に民を探し立ててさしあげる前に、何を探そうとなさったのでしょうか。彼の心情は何を探してさまよいましたか。民を抱き締めて、彼らが天の嘆きの圏内にとどまっていると気をもまれたイエス様であり、彼らのために夜を明かして涙を流しながら祈祷してくださったイエス様であったことに間違いありません。

 もしイエス様が、人間始祖の堕落によって本然の心情的因縁を蹂躙された万物が嘆息圏内に置かれていることを眺めて、泣いて夜を明かしながら悲しまれた方でなかったとすれば、彼は全宇宙を統治でき、救うことができる救い主になれなかったでしょう。

2014年8月12日火曜日

8月12日




おはようございます。今日は聖和2周年になります。
お父様が聖和されて2年間の間数多く変化がありました。変化が発展になれるように、出発になれるように。

天一国2年天歴7月17日
今日の訓読み言葉

 人のために与え、また与えるのは、再創造する上で、神様が創造時に御自身を消耗させた立場と一致します。私を投入するということは、第二の私をつくるためのもので、神様が創造する時、御自身を投入されたのと同じです。再創造の歴史は蕩減復帰路程であり、蕩減は再創造の歴史を通じてするので、御自身を投入するところにおいてのみ再創造が展開されます。ですから犠牲になるのは不可避だというのが理論的な結論です。

 愛は、自分を100パーセント投入することです。神様が天地を創造する時、愛ゆえにすべて100パーセント投入したのです。ですから真の愛は、「ため」に生きるところから始まるのです。

投入し、投入し、また投入するところから真の愛の論理が始まるのです。「ため」に生きるところは滅びません。小さいところから大きいところに、そして大きいのがその次にはどこへ行くのかといえば、中に回るのです。

 愛とは、与えて満足するのではなく、与えてももっと与えたいのに、与えられなくて恥ずかしさを感じる、そのようなものが愛です。与えて恥ずかしさを感じる人であればあるほど、本当の愛の主人です。愛は、与えれば与えるほど、もっと大きいものに加えられます。また作用すればするほど、入る力より出ていく力がもっと大きいのです。ですから滅びるのではなく、栄えるのです。愛なくして栄えることはありません。

2014年8月11日月曜日

8月11日

おはようございます。
 真の愛で結ばれると、永遠に一緒にいても、ただうれしく、宇宙はもちろん、神様までも引っ張れば付いてくる愛です。

天一国2年天歴7月16日
今日の訓読み言葉

 統一教会は、何をするためにこの世に現れたのでしょうか。この罪を悔い改める  ことのできる道を教えてあげようとして現れたのです。そうするためには、どのような自覚をもたなければならないでしょうか。信仰で救いを得るそのような内容よりも、数多くの王を代表した自覚、数多くの夫を代表した自覚、数多くの息子を代表した自覚、そうして、イエス様の前で堂々と自分を主張するのではなくイエス様に対して生命を捧げようという自覚をもたなければなりません。

 そのような立場で死んでいきながらも、イエス様を愛し、人類を愛し、逝こうとするなら、イエス様の前にあって相対的刺激になって、救いの道を訪ねていけるというのです。

 ですから、世界を代表した自覚をもたなければなりません。男性も世界を代表した自覚をもたなければならず、女性も世界を代表した自覚をもたなければなりません。歴史的な勝利の祭物にならなければならないという自覚、時代的な勝利の主体にならなければならないという自覚をしなければならないというのです。メシヤを殺したので、自覚しなければならないそのような立場で、殺したそのお方の前で、自分が死んで蕩減し、そのお方の哀れみが自分に及ぶことによって、彼と共に復活の栄光に  参与しようという心をもたなければなりません。そうでなくては、天国に入ることができないというのが原則なのです。

2014年8月10日日曜日

8月10日

天一国2年天歴7月15日

◆◆ ハワイにおける真のお母様の最新のみ言の ◆◆
恩恵とともに聖和2周年を迎えましょう!

 7月末に宋龍天会長始め、88人の全国の責任者たちがハワイで真のお母様と約4日間にわたって貴重な時間を過ごし、お母様から多くのみ言を受けました。私は留守番役として日本に残りましたが、帰国された宋総会長たちからハワイでのようすを伺いました。今回、お母様が語ってくださったみ言について7つの観点でまとめてみたいと思います。

[1]「神霊と真理」が天一国創建の原動力
 第1に、このたびもお母様は「神霊と真理、この統一教会の草創期の伝統に返らなければなりません」と語られています。
 先にスイスで宋総会長がお母様に侍られたときのいちばんの核心ポイントが、「神霊と真理に満ちあふれた個人、家庭、教会づくり」でした。これこそが天一国創建の原動力です。

[2] 「天一国経典」の意義
 第2に、お母様が三つの天一国経典『天聖経』『平和経』『真の父母経』をまとめられた動機や目的を語られたことです。
 「真のお父様の600巻を超えるみ言を全て訓読した人はいますか。堕落した世界は異なる言語の文化背景をもっているので、それを全て届けることができませんでした。祝福家庭であっても、(地上で)そのみ言を全て読むことはできないのです」これは、たとえ祝福家庭であっても、全てのみ言を訓読することなく聖和していく食口がどれほど多いかということです。お母様は「お父様のみ言を天一国経典としてまとめることから着手したのです」と語られています。

[3] 二世教育・後継者育成の重要性     第3に、二世教育と後継者の育成の重要性について言及されました。
 「未来のための二世、三世の教育に重点を置くために天宙平和士官学校を創設しました。またお父様が最後にやりたいと思っていらっしゃった圓母平愛財団を始めたのです」
 お母様は二世教育の重要性を痛感なさり、お父様が願われた天宙平和士官学校ならびに圓母平愛財団を通して奨学金支援を始められました。お母様は「後継者の教育とは安全装置を準備するようなものです」と語られています。

[4] 父母様への食口の愛は全世界共通       第4に、「食口たちの真の父母を慕う思いは全世界共通です」と語られています。
 お母様がスイスの12の山々を毎日登られた話を聞いたニュージーランドのある食口が、「お母様がそこまで精誠を尽くしておられるのに、私たちは何をしているんですか。こんなことではいけないでしょう!」「お母様は大丈夫でしょうか。どなたがお母様をお守りしていたのでしょうか」と言って心配したそうです。
 その報告を聞かれたお母様は大変感動なさり、父母様への熱い思いに感謝の気持ちを表されたそうです。

[5] 真のお母様の摂理的価値と血統的背景

第5にお母様は、天が準備された「ひとり子」と「ひとり娘」という内容を語られています。
 「天のひとり子としてのイエス様が果たせなかった使命を蕩減復帰するために、天のひとり子として準備された再臨のメシヤ、真のお父様の相対として、天のひとり娘として、私は血統的、歴史的に準備されて地上に生まれてきたのです」
 お母様は「私が立っている摂理的、歴史的、血統的な価値、背景の重さを理解しなさい」と語られます。お母様が立たれる位置は、真のお父様の相対として神学的に深い摂理的価値と血統的背景があることを理解していただきたいと思います。

[6] お母様が地上におられる時に忠孝を尽くしなさい
 第6に、このたびも「お母様が地上におられる間に頑張りなさい」と強調されました。
 私たちが責任を果たすように願い、「皆さんが知らなければならないことは、お母様が生きているときに、孝子、孝女になることです。それが最も重要です。皆さんがむやみに出会い、向き合うことのできる真の母ではありません。この時がどれほど貴重であるか、歴史的、摂理的な現象であるかを理解しなさい」と語られます。

[7] 真の家庭に対して心配しなくてもよいのです
 第7は、今回最も心に残った内容で、「皆さんは真の家庭に対して心配しなくてもよいのです。皆さんがどのように環境を広げ、大きく築くかによって、どのくらいの水が入るかが決まります。問題は皆さんです」とのみ言です。
 真の家庭のために祈ることはとても重要ですが、ただ人間的な低いレベルで心配するのではなく、問題は私たちにあります。まず私たちがお母様を中心として心情的に一つとなり、一体化してみ旨を勝利し、天一国実現に向けて大きな実績をあげることができれば、真の家庭はまとまっていくので心配しなくてもよいということなのです。

2014年8月9日土曜日

8月9日

おはようございます。
地上で実体をもって、アダムとエバが侍り得なかった神様に侍り、真の父母に侍って生きていくのです。そういう条件が、天国に入れ
る資格になるというのです。
​​
それで天国の市民権をえるようになるのです。

天一国2年天歴7月14日
今日の訓読み言葉

 今このような神の所望のみ旨を成してあげるには、皆さんはどうしなければならないのでしょうか? まず神の国と神の義のために、血の滲(にじ)む十字架の道を耐えて行かれたイエス・キリストの後に従う人間にならねばならず、次には6000年の歴史の中で、数多くの先知先烈たちが自分一身の栄光をふり捨て、神のみ旨を成すために苦労したその道に従って行く人間にならねばなりません。
とろでもしも皆さんが、このような道を行かず、自分のある栄光のための道を行ったなら、皆さんは神のまえに、また数多くの先知先烈たちのまえに、堂々と出て行くことはできません。また死んで霊界に行っても、神様のまえに出ることができず、神様の愛の懐に安らぐことはきません。即ち、信じることも自分の為に信じ、死ぬことも自分だけが救われるために死ぬ人間は、あの世に行っても神様のまえに堂々と立てないことを、皆さんは肝に銘じなければなりません。

2014年8月8日金曜日

8月8日

おはようございます。

天一国2年天歴7月13日
今日の訓読のみ言

我々が訪ねるべき本郷

 我々人間が訪ねるべき本郷です。今日、我々は堕落した人生として、本郷から追放された人間になったために、本郷の地に向かって帰るべき運命にあるのです。
しかしそこへは、その人間自体としては入ることができないために、神様は、人間が入ることができる道を歴史過程に設定せざるを得ません。

 それで、その民族の文化背景、風習、あるいは伝統が異なることによって、数多くの宗教を立てて収拾していきました。そのように収拾するための訓練場として立てたのが宗教です。ですから宗教は、本郷の地に入ることができる資格者を錬磨させる訓練場です。東西四方の文化背景によって、高い所に前進することができる一つの統一された宗教世界を率いてきています。

 そのような本郷の所へ導くべき宗教であるために、宗教は何を教えているのでしょうか。「ため」に生きなさいということを教えていると言わざるを得ません。そして、高次的な宗教であるほど、「ため」に生きるべきだという原則を強調しなければならず、「温柔(おんじゅう)謙遜(けんそん)」であれと言うのです。
犠牲奉仕せよ」と教えるのです。なぜでしょうか。本郷の地その国の法度に合う訓練をしなければならないからです。

2014年8月7日木曜日

8月7日

おはようございます。
世界のすべての問題を解決していくのです。天が共にあり、真の父母が共にあるので、人類は選択の余地なく必ずこの道に行くようになります。

天一国2年天歴7月12日
今日の訓読のみ言

賢い者はひとたび歩み始めた道を全うします。中途で終わる者にはいかなる勝利もなく、勝利は耐え忍んで最後まで全行程を走り抜く者の上にのみあります。先生も神の道を行きながら、常に第一の道のみを行こうとしてきました。み言に関しても、自分に従ってくるものたちのためにも、何度も何度もあり得る限りの慎重さをもって、正しいかどうかを吟味せんとしました。

実験室の研究者が、何か新しい発見をせんとする時に、その理論が本当に正しいかどうか絶対的に確実にしようとして、何度も何度もテストを重ねた末、それから世界に発表しようとするように、先生もすべてを絶対的に確実にするためには、自らの歩む全路程を通して、徹底的に実験し試験し尽くしました。それを通してこの世界のすべての真理を解明せんとしたのです。あなた方も既に神への誓約書に署名した兵士として、中途半端な道を行くことなく、最後までひたすら前進してほしいものです。そして「私は先生以上に行きたい、先生と競争して打ち負かしたい」とそういう人物の現れることを先生は待っています。

先生は何度も思ったことがあります。「私はまだ死ぬことができない」と。残念ながら自分が第一線をあとにする時、使命を託すべき後継者がまだいないということです。「この者に、自分の使命を残して行くことができる、死ぬことができる」という確信を先生に与えてくれる者はまだ一人もいないのです。「誰が、私が神を愛したほどに神を愛してくれるだろうか、私が死んだのちに誰が私の神を見てくれるだろうか。親孝行してくれるだろうか」とそれだけが心配なのです。誰か「私が神様を見ますから、先生は後ろに立って見ていてください」と言う人がいるとすれば、その人こそは歴史においても私たちの教会においても主流的人物となり、永遠に滅びることなく、その子孫はアブラハムの子孫のごとく栄えることでしょう。

2014年8月6日水曜日

8月6日

おはようございます。
  喜びを得るために創造なさった善の世界が、人間の堕落によって、悲しみに満ちた罪悪世界となり、これが永続するほかはない。

天一国2年天歴7月11日
今日のみ言葉訓読

神様は願っていらっしゃるのに、皆さんが自嘆する場にいるならば滅びなければなりません。もし滅びないならば、先生が殴ってでも滅びるようにするでしょう。このような覚悟と基準をもっていかなければならない人々が、統一の役軍であるということを知らなければなりません。

 福地は呼んでいます。神様は六千年前からアダムが成せなかった福地を築く中心人物を探して立てましたが、まだ人間はその福地を築いていません。私たちの先祖もこういう復帰の道を歩んできたのに築くことができず、数多くの聖人、賢哲たちもこの目的に向かって苦闘してきましたが築き上げることができませんでした。

 イエス様もこの地に来られ、この目標に向かって新しい文化世界を願いましたが、成し遂げることができませんでした。しかし、その世界はいずれにせよ成されなければなりません。万一成されないならば、堕落した世の中はこのまま続いていくようになり、神様が成そうとされる新しい世界は、結局この地上に築かれないでしょう。

2014年8月5日火曜日

8月5日

おはようございます。
 神様の祝福が皆様の家庭と国家と世界に永遠に共にあることを願います。

天一国2年天歴7月10日
今日の訓読み言葉

   神様の創造は、実に神秘で奥深さにあふれています。人間を、御自身の子女として創造され、万物の霊長として立てられた神様は、人間に「良心」という、最高、最善の贈り物を下さいました。

 人間が地上界で一生を航海するのに必要な羅針盤(らしんばん)として下賜(かし)されたものが、良心という特別な贈り物です。

よく人生100年と言いますが、人間は誰彼(だれかれ)を問わず、生まれて死ぬ瞬間まで、良心の作用圏を抜(ぬ)け出すことはできません。
 世の中では、良心をだましながら、体の言うとおりにあらゆる詐欺(さぎ)、謀略(ぼうりゃく)、中傷をしてお金を集める者たちが大勢いますが、そのようにしてお金を集めれば、かえってお金が彼らを打つのです。審判の棍棒(こんぼう)になるのです。霊界でも同じことです。

皆様、良心は、父母に優(まさ)り、師に優ります。多くの人々がそのような価値を知らずにいます。体が良心を思いどおりにしているということです。堕落した世界、享楽(きょうらく)の世界では、そうです。お金にばかり頼って暮らせば、享楽に流れていってしまいます。

そして、良心の作用の中で、最高、最上の機能が正に、真の父母、真の師、真の主人の役割の機能です。 言い換えれば、良心は、私たちが生まれたときから真の父母、真の師、真の主人の位置で私たちの生を指導し、教育する、神様の代身者であるということです。

私たちの一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)を一時も逃すことなく導き、監視(かんし)する責任が良心の機能だということです。ですから、良心は、私たちのすべての言行(げんこう)はもちろん、考えまでも父母よりも先に知り、師より先に知り、神様よりも先に知るのです。神様が、人間の人生を指導し監視する本源的な機能を、良心に伝授してくださったからです。

 ところで、水晶のように清く透明でなければならない人間の良心に、堕落性の垢(あか)がつき、今まで様々な罪悪と疾病(しっぺい)の中で本来の機能をすべて発揮できずにいるのです。したがって、サタン主管圏のこの邪悪な世界から一日でも早く解放・釈放を受けたいと、泣き叫んでいる良心の声を聞ける皆様にならなければなりません

2014年8月4日月曜日

8月4日

おはようございます。
絶対者の息子だ、娘だと呼ばれ得る人格者の姿を確保するには、天が定めておいた絶対的基準の道を歩まなければならないという意味です。その中で最も重要なものが正に絶対「性」の基準です

天一国2年天歴7月9日
今日のみ言葉

神様と近い立場とはどのような立場なのか知っていますか。悔い改めの立場です。しかし知ってみると、「何の罪を犯したので許してください」と言う必要がないのです。お父様の心情を知らなかったことを悔い改めれば、すべて許されます。

息子が両親のお金をみな使って放蕩することより大きな罪は、自分を愛するお父様の心情を傷つけることです。それ以上大きな罪がないのです。それゆえ、「お父様の心情を傷つけたこの罪がどうして許されるでしょうか」と涙する息子がいるならば、お父様は「よし、よし」と言って許してくれるというのです。堕落した父母がそうであるように、神様もそうされます。

人々は教会に行って、「私が何の罪を犯したので、悔い改めますから許してください」と祈祷します。しかし、そのようなことよりも「天倫の原則を破壊し、天と人間の因縁を蹂躙し、人間と万物の因縁を破壊した心情問題で犯した罪を許してください」と祈祷しなければなりません。そのように悔い改めることによって受け入れられ、勝利してお父様に認められるとするなら、万事解決されることとでしょう。天は、そのような悔い改めをする人を訪ねてこられます。

私たちが深い悔い改めにいたる為には、どうするべきでしょうか。「最初にすべきことは、正しい方向性を決定して、日々の信仰生活を悔い改めながら、その目標に向かって努力することです。神は、そのような人の要求にいつも耳を傾けられることでしょう。実際、皆さんも神も既に何をなすべきか知っているのですから、祈祷の90パーセントはあれこれすることについてではありません。祈祷の90パーセントは悔い改めです。これは、天国は近づいた、悔い改めよというイエス様の教えと同じです。悔い改めは、それが正しくなされるとき、とても価値があります。

2014年8月3日日曜日

8月3日

おはようございます。
梅雨のように雨が降ってます。いつもより涼しく感じるのは私だけかな?
今日は祝福式です。
さあ、頑張ろう!

天一国2年天歴7月8日
今日のみ言葉

■「自分から変わる」ために
 私たちはみな「家族で楽しい団らんの場をもちたい」と思うでしょう。しかし、なかなか思うようにいかずに悩み、あきらめる人がいるかもしれません。そのような場をもつためには家族の間に信頼関係が保たれている必要があります。
 家族の信頼関係を築くことは意外と難しいものです。そのためには「自分から変わる」ということが欠かせません。そのことの重要性を理解し、生活での実践内容について考えます。
 家族の信頼関係を築くことを、銀行にお金を預け入れる行為に例えると、お金の代わりに「信頼」を、銀行の代わりに家族一人一人の心に「預け入れる」と考えることができます。
 「預け入れる」とは、積極的に行動しながら家族の中で「信頼を得る」行為を示します。一方「引き出す」とは、信頼を低くするような行為で、感情的になって相手の反発を招くことです。
 家族の間に高い「信頼残高」が保たれていると、お互いの授受作用は良好となり、少しのすれ違いが生じても信頼残高が補ってくれます。
 
次のようなみ言があります。「『ために生きよう!』。(相手に)負債を負わせようということです。文総裁が今日までこの統一教会を導きながら、それを考えてきました。最も恐ろしいことが負債を負うことです。精誠を尽くした人がもってきた物は、この宇宙にそれ以上の精誠を尽くさずに受ければ、それは毒薬よりもっと恐ろしいのです」(『後天時代の生活信仰』P123)
 この「負債」を負うことは、今回紹介している信頼口座から引き出すことになります。「負債は毒薬より恐ろしい」というのですが、逆に言えば、それほど効果があるということです。

2014年8月2日土曜日

8月2日



おはようございます。
  アベルは何を解放すべきかというと、第一に、カインを解放しなければなりません。次は、父母を復帰するために、完全な基盤を立てなければなりません。これがアベルの使命なのです。父母の前に、サタンの讒訴を許す立場に立っては、アベルとしての責任を果たしたとは言えないのです。
​​


天一国2年間7月7
​日

今日のみ言葉

     アベルの使命を果たした人は、サタンの讒訴を受ける立場に立ってはいけないのです。アベルは父母を復帰するためにも、中心的な責任を果たさなければなりません。これがアベルの立場です。

 言い換えれば、アダム・エバは堕落することによって、神側とサタン側の中間の立場に立つようになりました。それゆえ、こちらにもあちらにも動く立場に立っているのです。彼らが人間を神側へのみ立つようにすることができるでしょうか? これはアダム・エバがやることではありません。アベルがやらなければなりません。そのためにアベルは、父母の実体と心情を復帰することにおいて、残された讒訴条件をすべて蕩減しておかなければなりません。

2014年8月1日金曜日

8月1日

おはようございます。
 神様を中心として夫婦愛を高め、幸せな家庭を築いていくために、夫婦愛を高めるための実践して証を立てましょう。

天一国2年天歴7月6日
今日のみ言葉

   人間始祖の堕落は、決して霊界において起こったのではなく、この地上においてなされたのですから、復帰も、正に、この地上においてなされなければならないのです。天国は、まずこの地上において実現されなければなりません。イエス様は、天国建設の鍵をこの地上に残して行かれました。だから、マタイ福音書16章に、「地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは天でも解かれる」と書かれているのです。この意味が分からなくては、聖書全体の意味を理解したことにはなりません。

 私たちは神のみ旨を成就し、天国をこの地上に建設するために、神によって直接選ばれて集まってきました。私たちの使命は、この地上からサタンを追い払い、天地に神の栄光と勝利を宣言することです。「復帰の公式とは何か」について、もう、よく分かったことと思います。しかし大事なことは、その公式に従って「歩む」ことであります。

 先生が確立した復帰の公式は、サタン世界が残っている限り、引き続き適用されなければなりません。先生がサタン世界に勝利し、これを乗り越えたと宣言する時、それは先生だけが乗り越えたことを意味するのではなく、全霊界もまた、サタン世界を乗り越えたことを意味するのです。