2014年3月16日日曜日

3月16日

 おはようございます。
いい朝ですね。

天一国2年天歴2月16日
 今日の訓読のみ言 

自然は愛の理想を教えてくれる教材

自然とは何でしょうか。神様が私のために、慈しむ愛をもった息子、娘が生まれるとき、慈しむことができる万物として、贈り物として下さった展示品です。鳥の鳴き声一つが、成長していく草一株が、愛する息子、娘たちの生活の美化のためにつくられた装飾品なのです。路傍にころ
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がっている岩も、息子、娘が国を治める主人になることを知っていて、その国の装飾品としてつくったのです。流れる水も同じです。

 無味乾燥で単調であってはいけないので、造化無双な和合の園として、愛のためのそのような世界を見て、その相続を受けることができる夢の王子、希望の王子を造るために創造されたのです。そのため、万物を通して学ぶのです。雄と雌が「ちゅんちゅん」するとき、これをその主人になるおばさんも学べというのです。互いに慈しむ世界に向かい、自分の一生を命を懸けて生きている本然の被造世界のその美しさを、褒めたたえられなければなりません。そのようになれば、その家の垣根に鳥も飛んできて暮らそうともするのです。雛を産もうとするのです。何の話か分かりますか。
 博物館にある、何かの作品がどんなに貴重だと言っても、生きている作品にかないますか。神様の作品であるこの地球星の万物博物館を、誰が神様以上に愛したのかというのです。自分の国の博物館以上に愛したのかというのです。


道端で踏まれるたんぽぽ一株が、博物館にある新羅時代の金の冠よと比べられますか。神様が直接つくられたものであるのに。そのような神様の心情をもって、「お前を、本然の神様が慈しむことができる王の位置で、愛を受けたその位置で、愛せない私自身が申し訳ない。恥ずかしい」と言い得る心をもって慈しむ、そのような王がいるとすれば、その草もその王に従っていき、永遠不変、共にいたいと思うでしょう。そのように生きなければならない人間なのです。(175-187, 1988.4.16)

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