真の父母を私のものとするためには、地球星を売ってでも買わなければなりません。地球星を売ったとしてもだめです。天一国2年天暦12月20日今日訓読み言葉📘私たちの故郷の地はどこでしょうか? 考えてみてください。人間は本来、故郷の地で生まれましたが、堕落することによって、故郷の地を失いました。では私たちが、再び故郷の地に帰るとするならば、どのようにすべきでしょうか? 昔、アダムとエバが、堕落をしないで夫婦となり、家庭を持ち、父母となったならば、家庭の家長となり、氏族の族長となり、民族の指導者にもなれたのです。また、国の指導者にもなり、世界の指導者にもなれたのです。そしてアダムの思想は、世界的な思想となったことでしょう。
祈祷をしたとしても、堂々と「お父様、あなたが呼ばれていた息子、娘が参りました。あなたが会いたがっておられた息子、娘が参りました」と言うことのできる環境を設けておいて祈祷しなければなりません天一国2年天暦12月19日今日の訓読み言葉📘 神が人間を創造した目的は何か、というと神が信じてやりたい、そういう変わらない人間だと、神が信じてやりたいと、人間がいくら変わっても、歴史を越えて、その基準を維持してこられたのが、神様である。さあ君たちは信じることのできない者でも、信じてやる。騙されても信じてやる。それが神様である。愛してやる、共に住みたがる。お父さんもそうだよ。父母がそうでしょう。 信じられない者を信じてやる。その基準において、変わらない純粋な人間、そのような人にならないといけないということを我々は知っております。本当の人、真の人はその基準において、一致したところにおいて、満たすことができるのではないか。そういう人同士、信じ合う、愛し合う、共に生き合う、その世界が地上天国である。天国の世界である。君たちもそうでしょう。神様みたいな人を、旦那さんに、奥さんにと願うでしょう。それは同じである。
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」(マタイ二二・37)とありますが、それは縦的な愛です。天一国2年天暦12月18日今日の訓読み言葉
アダムとエバが完成された夫婦として一体となったその位置が、正に愛の主体であられる神と、美の対象である人間とが一体化して、創造目的を完成した善の中心となる位置なのである。ここにおいて、初めて父母なる神は、子女として完成された人間に臨在されて、永遠に安息されるようになるのである。このときこの中心は、神の永遠なる愛の対象であるために、これによって、神は永遠に刺激的な喜びを感ずるようになる。また、ここにおいて初めて、神のみ言が実体として完成するので、これが正に真理の中心となり、すべての人間をして創造目的を指向するように導いてくれる本心の中心ともなるのである。
「心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ」(マタイ二二・37)とありますが、それは縦的な愛です。それが第一の戒めなのです。二つ目は何でしょうか。「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」天一国2年天暦12月17日今日の訓読み言葉
統一教会の祝福は、三家庭を天使長の代表として立てたところから出発しました。それで三家庭を約婚させておいて、結婚式は先生がしたのです。そのようになっていますね? 条件を立てておいて祝福をするのです。天の祝福はアダムがするようになっていて、天使長がするようにはなっていません。 祝福してから、三家庭を中心として三六家庭を祝福し、整備するのです。天使長圏の条件を立てておき、その次には先生の家庭を保護しなければならないのです。先生は息子・娘を育てることができませんが、先生の息子・娘を育てるべき、三時代を代表した後継者を立てて、王権を伝授できる準備をしなければならないのです。
祈祷は、堕落によって生じるようになったのです。したがって、人間が復帰され、完成されれば、祈祷する必要のない時代が来ます。天一国2年天暦12月16日今日の訓読み言葉
神が人間を創造した目的は何か、というと神が信じてやりたい、そういう変わらない人間だと、神が信じてやりたいと、人間がいくら変わっても、歴史を越えて、その基準を維持してこられたのが、神様である。さあ君たちは信じることのできない者でも、信じてやる。騙されても信じてやる。それが神様である。愛してやる、共に住みたがる。お父さんもそうだよ。父母がそうでしょう。信じられない者を信じてやる。その基準において、変わらない純粋な人間、そのような人にならないといけないということを我々は知っております。本当の人、真の人はその基準において、一致したところにおいて、満たすことができるのではないか。そういう人同士、信じ合う、愛し合う、共に生き合う、その世界が地上天国である。天国の世界である。君たちもそうでしょう。神様みたいな人を、旦那さんに、奥さんにと願うでしょう。それは同じである。
おはようございます。今日は喜びの日になりますように。愛の世界は、いくら引き出しても終わりがありません。物質の世界も終わりが来て、知識の世界も終わりが来て、権力の世界もすべて崩壊しうるのですが、心情の世界は無限です。天一国2年天暦12月15日今日の訓読み言葉
真心を込めて「お父様」と呼ぶ人がいるなら、彼は神様のつらさと悲しみを感じることでしょう。また、神様の悲痛さがその人間に伝わることでしょう。神様を崇拝する者とは誰でしょうか。今日、終わりの日にある聖徒たちです。また、神様を安息させる者とは誰でしょうか。見るに堪(た)えない私たちです。このように神様の解怨が、私たちの双肩に、体と心にかかっていることを、私たちは知らなければなりません。このような人間がいたなら、彼が動じれば万物も動じ、彼が悲しめば万物も悲しむことを、感じるのです。このような実感をもって皆さんが、天の前に立って、おそれる立場で「お父様、6000年の怨恨(えんこん)をこの一日に私を見て注(そそ)いでください。6000年の間、敵対してきたサタンを、この私を通して屈服させてください」と言わなければなりません。
おはようございます。今日が素晴らしい一日になりますように。祈祷は、自分を対象の立場に立て、その対象に対する主体を立てるためにするのです。したがって、その主体の基準に合わせていくのが信仰の道です天一国2年天暦12月14日今日の訓読み言葉
人が自分に話をしてくるときは、真摯に聞いてあげるのです。夜を徹して聞いてあげなさい。ここから事が始まるのです。時間が問題ではありません。父母は、自分の子女たちが出ていって苦労し、また自分たちのところに訪ねてきて、苦労した話をするのを聞くとき、涙を流しながらその子女が感じる痛み以上の痛みを感じるのです。ですから、父母を好むのです。それと同じ心情の所有者になるのです。(「真の愛の生活信条 愛天愛人愛国」P59-60
おはようございます。祈祷というものは、自らの意識を忘れてしまうのです。そのようになると、縦的な世界の波長が影響を及ぼすのです。天一国2年天暦12月13日今日の訓読み言葉
アダムとエバが神様の前に責任を果たしていたならば、神様が祝福式をしてくださったのです。祝福を受ければ、そこから善が出発し、真理の一体化、実体の一体化、心情の一体化が成されるのです。真理の一体化とは、神様が「このようにしなさい!」とおっしゃれば、「はい」と言って、神様のみ言どおりに従ってすべて成されるのです。 神様のみ旨から見たアダムとエバは、本来二人ではありません。アダムがエバに引かれて天法に背いたので二人になったのであって、本来は一人なのです。真理の一体化、実体の一体化が成されたのちには、心情の一体化が成されなければなりません。そのようになれば、神様と一体化するのです。神様は、そのようになる日を待ち望んでこられました。
おはようございます。神様は、皆さんがいくら祈祷をしても、知っていることが知らないことにも及ばないときには教え
てくれません天一国2年天暦12月12日今日の訓読み言葉
モーセは、神様が全歴史を摂理されて得た結実体であり、民族にとって換(か)えることのできない存在でした。このように選ばれたモーセは、歴史的な怨恨を蕩減すべき責任が自分にあるということを感じて、神様のすべての悲しみを解かなければならず、民族的な悲しみにも責任を負わなければならない立場にありました。 それゆえ彼は、パロ宮中生活の40年、ミデヤン荒野40年、合計80年の間精誠を尽くしながら、先祖から受け継いできたイスラエル選民権を失わずに志操を立ててきました。 モーセは、パロを相手にして闘ったその当時も、天の願いであるみ旨のみに対することのできる志操をもっていました。また、モーセは民族にとって換えられないほどの資格を備え、サタン側と対決できる資格を備えましたが、彼の代身者となり得るイスラエル民族になれなかった。
おはようございます。祈祷は、精神を浄化するために必要なものです。精神を浄化し、統一をするために必要なのです天一国2年天暦12月11日今日の訓読み言葉
神様を解放しなければなりません。神様は今愛を中心として拘束されています。監獄に閉じ込められているのと同じです。解放されていないのです。全知全能の神様、宇宙を創造された神様が人間ゆえに愛を中心として築こうとされた理想世界をサタンに奪われたので、神様も心情的に解放されないのです。神様の心情的解放基盤がこの宇宙にできないのです。神様も拘束されました。愛する子供が死んだのに父母が安らかでいられるでしょうか。いられないのです。 神様を私の手で解放しようというのです。神様は解放された神様ではありません。拘束された神様です。息子、娘を失った父母、なおのこと孝行息子が死んだのちの父母の心を解くためには、その孝行息子以上にすべての面を備え、十倍以上功を尽くして孝行しても、その本来の心を解放することはできません。レバレンド・ムーンがそのような神様を解放しようというのです。
おはようございます。 すべての宗教家が祈祷する目的は一つになるべきです。自分たちの教派よりも、世界のために祈祷して願い、進んでいかなければなりません。天一国2年天暦12月10日今日の訓読み言葉📚 自分は果たして、神の前に面目を立たせる自分であったか。復帰の世界的開拓の道を先生が先頭きっているのに、自分はどういう基準において先生に向かい合ってきたか。冷静に批判して、今日の位置をはっきりさせないと、あすの勝利の基準は、はっきりした勝利は迎えられません。国家的側面から見た場合に、日本の国がアダム国家に対応するエバ国家の位置にあったとするならば、先生に一瞬の疑い、一瞬のその悩み、一瞬の苦労をかけてはいけないという観念をもたなければならない。堕落したエバによって、歴史的伝統が犯されたことを考えれば、その生涯の全体をかけて、世界を代表して、心情に一点でも傷をつけるような、そういう思いを残させるようなことをしてはいけないという立場に立つのが、エバ国日本の立場である。分かりました? (はい) 。
おはようございます。自分の心を見て祈祷するのです。「私の心よ、大きくなれ! 神様の愛の代表者となり、身代わりとなり、相対者となれ!」と言って祈祷しなければなりません。天一国2年天暦12月9日今日の訓読み言葉
人間が堕落することによって何がどうなりましたか。神様が自由な神様になれませんでした。拘束の神様となりました。次に人類始祖が拘束されてしまいました。その次には天使世界まで拘束されてしまったのです。それだけではなく、歴史的に多くの宗教人が拘束圏内であがいています。人類もやはり同じです。 親不孝者をもった親は、その親不孝者によって拘束されるということを知らなければなりません。その親を解放するためには、親不孝をした以上の孝行を尽くさなければなりません。それだけでなく、大衆の前で公認されなければなりません。そうして初めて過去の罪を洗い流すことができるのです。これが天理です。同じ道理です。「先生だけのために……」というのは必要ありません。 隣人とこの国、この民族はかわいそうな群れです。五千年間「わらぶきの三間の家を建て、両親に侍って、千年万年……」(韓国の童謡の歌詞)。両親に侍るという言葉は有り難いのですが、千年万年わらぶきの三間の家に住むのですか。かわいそうな民族です。このかわいそうな民族を正しく指導しなければなりません。お金も何もないこの民族が神様の恵みまで受けられなければ、どこに行って暮らしますか。
おはようございます。祈祷とは縦的な絆を結ぶためのものであり、精誠は横的な絆を拡大するためのものです。天一国2年天暦12月8日今日の訓読み言葉
真のオリーブの木である真の父が来て、接ぎ木するのです。来られる主を迎えて、全人類が新しい芽を接ぎ、新しい生命の芽が出るようにしようというのです。そのようにすれば、その実は何になるでしょうか。偽りのオリーブの木になるでしょうか、真のオリーブの木になるでしょうか。真のオリーブの木になります。そこにおいて一つ知らなければならないことは、サタン世界の何よりも天を愛するという基盤の上で初めて接ぎ木できるのであって、天に対する愛がサタン世界の愛より弱くなるときには、接ぎ木したものがすべて死んでしまい、芽が伸びていかないというのです。聖書には「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない。また自分の十字架をとってわたしに従ってこない者はわたしにふさわしくない」とあるのです。誰よりも愛しなさいというのです。それはなぜでしょうか。サタンの愛よりも神様の愛が下にあってはいけません。神様の愛が上にあって、初めて芽が伸びていくのです。ここにおいて、六千年の間に蒔ま かれたものを肥料として育ち、実を結びます。
今日という日があなたにとって素晴らしい一日で有りますように。祈祷をするとき、「私がこのようにするので、私の子もこうするようにしてくださいませ!」と祈祷しなければなりません。自分がまず基準になった後に、子どもをそのような位置に立てることができるのです。天一国2年天暦12月7日今日の訓読み言葉
天国に入りたい者は、祈祷をするとき、「私がこのようにするので、私の子もこうするようにしてくださいませ!」と祈祷しなければなりません。自分がまず基準になった後に、子どもをそのような位置に立てることができるのです。みんな神様の位置と同じような立場に立って、サタンを愛した条件の権限をもたなければなりません。愛はどのくらいか。世界的に迫害されても、世界的な怨讐圏に立っても、愛するという条件を満たさなければならない。そのことは神も引っかかっているし、神の子供になろうとする宗教界のすべての者が引っかかっているというんだね。これは大変だ。内容は簡単だけれど、神様とサタンの戦いの、天下分け目の境界線になっているということは誰も知らなかった。 この峠を越えるのに、神が敵を敵として、怨讐を怨讐として、それに復讐するという思想をもったとすれば、絶対にこの峠を越えることはできない。そういう観点から、神はどういう作戦をしたかというと、「怨讐を愛せ、怨讐を愛せ」。説明は通じなくても、説明はしなくても、結論として言うのは、「怨讐を愛せ」ということである
おはようございます。祈りの内容は神様を中心とした真の父母、真の父母を中心とした家庭、家庭を中心とした子女、子女を中心とした氏族の関係を回復することを願う内容が中心となっています。天一国2年天暦12月6日今日の訓読み言葉
この原理に関するあらゆる事柄は、二つのキーワードに集約されます。つまり犠牲と奉仕です。他人に対する犠牲と奉仕の生活をしなかったからといって、ある人を有罪とする判決を支持する判事が、今日の人間の裁判所にいるでしょうか。どんな法律によって、犠牲と奉仕の行為に対する判定を下すのでしょうか。確かにそのような行為は国家の法律には扱われていませんが、それは公的な承認によって支持されるものです。もし、ある人が自分の国家に対して犠牲的な奉仕を行ったとすれば、その国は彼にメダルを授与し、国家的な拍手喝采浴びせて褒めたたえます。 これに対して、「奉仕に関する宇宙的な法は自分には似つかわしくない」と不平を言い、「どうして自分には表彰状がもらえず、また自分の生活を楽しむことができないのか教えてくれ」と言う人がいるかもしれません。そのような利己的な貪欲な人々をたたえる社会は長続きするでしょうか。もし、そのような生き方が繁栄するとすれば、どのような統一も調和もあり得ないでしょう。
今日の日が素晴らしい一日になりますように。
先生は監獄に入っていっても普段よりも三倍以上祈祷した人です。仕事をするときも、楽な仕事を探し歩いた人ではありません。いちばん難しい仕事をしようとしました。天一国2年天暦12月5日今日の訓読み言葉
氏族的なメシヤとは何ですか? 一番目は、父母を堕落しなかったアダム・エバにつくるのです。その次には、故郷、故郷を探し求めて立てることによってどんなことが起こるのかといえば、王権回復が起こるというのです。そのようになるならば、みな終わるではありませんか? それをさっと入れるのです。一番目は、父母同位圏に立ち、その次には、故郷復帰するのです。王権復帰するのです。ですから、生まれたすべての人たち、ソ連であれアメリカであれ、生まれた人たちが天の国の故郷をもつようになるということです。天の国の故郷をもとうとするので、天の国の父母をもたなければなりません。天の国の父母をつくるのが氏族的メシヤの使命だというのです。
おはようございます。 祈祷をすれば、自分の意識を失うほどの境地に入っていくことができなければなりません。心情世界に接するときは、涙がなくてはならないのです。天一国2年天暦12月4日今日の訓読み言葉
神様の立場から、皆さんをそのような観点から見るとき、どれほど差があるでしょうか。それは皆さんがよく知っていると思います。自分はどの級にいるかということをよく知っていると思います。ですから、「平和をつくり出す人は神の子である」という言葉を私たちに教えてくれたのです。 なぜ平和をつくり出す人は神の子だとおっしゃったのでしょうか。平和をつくり出そうとすれば、主人以上の役を果たさなければなりません。十人の複雑なことを和解させようとすれば、十人以上の十字架を負わなくては、和解させることはできないのです。そうなるのです。どういうことかというと、十字架を代わりに負うことのできる立場に立ったかということです。それに従って、和解が生まれるのです。そのように行く道でのみ、神の子が生まれるということなのです。 ここで語っている人は、習慣的な道を行く人ではありません。今までこの原理が提示し、原則が提示する、そのような立場で先頭に立ち、走ってきた人なのです。私は公席で、「神様が文先生を愛さなければ、神様がいらっしゃらない」ということを断言し、この道を歩んでいるのです。そのような道を今まで開拓してきた人なのです。
おはようございます。
統一教会では何を教えてくれますか。父母の道理を教えてくれます。キリスト教の教えとは本質的に違います。キリスト教で教えるのは息子の道理です。
天一国2年天暦12月3日
今日の訓読み言葉
先生を中心としてお母様を立てました。先生が霊界に行ったならば、お母様を絶対中心として、絶対的に一つにならなければなりません。今、お母様が行く道は、お父様が今まで立てた御言と説教集を中心として、行かなければならないのです。
他の言葉を述べるのを許しません。
今度、韓国においても、御言絶対主義をとることができるように措置したのです。どのような御言も、第二の御言を許しません。
原理の御言は、先生が歴史的に解いたものであり、勝利の基盤を築くための戦争勝利の記録です。サタン世界が失敗したものを蕩減復帰した、勝利の記録なのです。勝利の基盤になるものだというのです。神様が願う勝利の記録だというのです。
失ってしまったすべての全体歴史を探し立てることのできる勝利を記録したのが、原理の御言であるということを、はっきり知らなければならないというのです。
おはようございます。祈祷は、堕落によって生じるようになったのです。したがって、人間が復帰され、完成されれば、祈祷する必要のない時代が来ます。天一国2年天暦12月2日今日の訓読み言葉
キリスト教の十一条を見ると、そこには本当に恐ろしい内容があるのが分かるようになります。十一条を出すべきだという聖書の句もあります。十の中で一つを神様に捧げろというのです。「しかしながら、神様が見えるか、十一条が何か」と言う人がいますが、十一条は何かと言えば、一つぐらいだけ行って十まで行こうというのです。もし、皆さんが皆さんの親の誕生日の祝いや還暦の祝い、あるいは、王様の誕生日を迎えて祝ってさしあげるために、牛も捕まえて、豚も捕まえて、あるものないもの皆作って捧げるというとき、その方々がそれを全部食べるでしょうか? 違います。もらうものを皆もらいますが、皆食べられずに、ごく少ししか食べられないのです。しかし、このように少しだけ召し上がりましたが、皆召し上がったという条件が立てられるのです。