今日の訓読み言
今日、宗教というものは、 人々が故郷を追求するにおいて絶大なる貢献をしました。 天国に行こう、あるいは理想世界に行こう、 極楽世界に行こうというのですが、 そのような所は私たちが生きるこのような所ではありません。 私たちが永遠に生きることのできる本郷の地だというのです。 まさしくこのような面において、 宗教は本郷を追求するのに貢献をしたというのです。では、 その所は、どのような所なのでしょうか? すべての条件が整えられている所です。 心と体が少しも足りなさを感じない、完全無欠な所です。 その所を人類は今、追求していっているのです。
けれども、どれだけ故郷に行くといっても、 喜んでくれる人がいなければむなしいのです。もし、 韓国人二世が外国で生まれ、祖国である韓国を訪れてきたのに、 韓国語が分からなければ、それも気まずい思いをするのです。 もちろん、故郷に行くことも良いのですが、まず、 故郷にいる人たちと言葉が通じなければなりません。そして、 うれしく迎えてくれる人がいなければなりません。 自分を迎えてくれる人がいるということは、 いかばかりありがたいことか分かりません。また、 迎えてくれるその人が、 自分が願っていた以上に迎えてくれるのか、あるいは、 それ以下に迎えてくれるのかということが問題です。もし、 願っていたそれ以上に迎えてくれるならば、 祖国に対する印象も良くなるのです。それゆえに皆さんは、 いつでも外国人に対するときは、注意しなければなりません。
0 件のコメント:
コメントを投稿