2015年9月11日金曜日

9月11日

 神様が復帰摂理をしてくるにあたって、長子をサタン側に立ててきたのが恨みです。愛の病気にかかったのです。愛の病気によって、過ってその長子を生んだというのです。ですから、道理に
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かなった法度の基準を探し求めていって、再び自ら和合することのできる個体の位置に上がってくることのできる時と期間を迎えるために、億万年かかるとしても、これが分からなければ迎えることができないのです。
天一国3年天暦7月29日
今日の訓読み言葉
(天聖経1174p 21)
    不平をいってはいけません。不満を抱いてはいけません。自分を考えてはいけないのです。自分の所有、自分の愛の観念を立ててはいけません。
神様を思いながら、「私が不平を言えば、神様がどんなに苦しまれるだろうか。その方の事情を私が知り、その方の伝統を相続できる瞬間が私の前に訪れたら、それを引き継いでその方に従っていきながらその方を慰労しょう」という心を持たなければなりません。そのように涙を流すその場に、天が共にあるのです。自分を中心とした涙は天共にありません。神様のために泣き、父母様のためにがなければなりません。これが統一教会の祭壇であり、統一教会の侍る生活です。

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